Le Petit Prince

雑誌 Elle 1945年11月号

hair line

 フランスでの Le Petit Prince は、ガリマール社から1945年11月30日に初出版されました(ガリマール社は1946年になってから発売したと主張)。フランスのご婦人方は、それに先だって Le Petit Prince の存在と内容のさわりの部分を知っていたことが判りました。雑誌 Elle 1945年11月28日号に、紹介記事が載ったのです。

logo
雑誌 Elle (Paris) 1945年11月号の表紙。

logo
たった2ページの紹介記事。

 書評者は Paul BRINGUIER。例示されている Le Petit Prince の本文は、キツネとの出会いと別れの部分が(途中を省いて)1ページ分(挿絵3枚と紹介文がありますから、全部で見開き2ページ)当てられています。
 挿絵は、3枚共に、Reynal & Hitchcock 版とも、Gallimard 版とも、異なった点があります。【五千のバラとの出会いの場面では、バラの花に欠落があります。B612 のバラは、左右反転して星が増えている上、茎の様子が異なっています。表紙に使われることが多い B612 に立つ Prince は、星が(画面枠で切り取られたものの他に)2つ付け加えられています。】
 挿絵が両社と異なっていることから、この記事は、Gallimard 社から挿絵を提供された(つまり、同社の提灯記事)というわけでもなければ、Reynal & Hitchcock 社から挿絵を提供されたり、同社の出版物から写真製版したわけでもないと考えられます。
 紹介文は短いものですが、この物語を「こども向きの童話」として扱ってはいません。サンテックスが文・挿絵をかき、アメリカで出版されたことを述べた後、筋書きを手短に紹介します。そして最後に;

 Un jour de gurre, il est reparti sur un dèsert, un dèsert d'eau, et, cette fois, il n'est plus du tout revenu. Il a disparu, comme le Petit Prince.

と述べます。“disparaitre”には「姿を消す」「死ぬ」両方の意味がありますから、この文には含みがありますが、サンテックスが生きているとは、もう誰も思ってはいない時期の出版物ですから、最後の一文は comme の前後をひっくり返して、(サンテックスと同じように)プリンスも『死んだのだ』と紹介していると考えるのが素直な解釈というものでしょう。

hair line

トップページに戻る
総目次に戻る
表紙を表示する(フレーム構造を取り入れる)