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やっと手に入りました。発行されてから10日以上遅れての入手です。定期購読しているわけではないので、これくらいの遅れは当然でしょうね。

あまり期待していなかったのですが、その通りになりました。見開き2ページ。画像だけで1ページほどを占めてしまいますから、タイトルを除くと記事は1ページに満たないものになります。しかも、サンテックスの略歴や、リッペルト氏の思いの丈にかなりの部分が割かれていますから、肝心の撃墜劇の詳細については殆ど述べられておりません。
首を傾げる点や、著者の知識不足を露呈する箇所もありますが、仔細の検討は単行本を手に入れてからのこととして、重要な確認点は以下のようなものです。
元ドイツ空軍操縦士130名をリストアップ調査の結果、5名を選び出したといいます。電話調査の5人目がホルスト・リッペル氏でした。「これ以上探し回ることはない。サンテグジュペリを撃ったのは私だ」と返事が返ってきたとか。改めて面会取材をして、今回の出版物となりました。
「ツーロンを過ぎたところで、マルセイユ方面へ飛ぶライトニングを発見」「2000メートルの高度を、頼りなさそうに飛行」(“3000メートルの優位”と伝えられたリッペルトの飛行高度については、記述がありません)と述べます。
更に、「ライトニングは通常10000メートルの高度を飛んで撮影を行う」といっております。これがその当時の知識・判断であるならば、それが偵察機であると認識していたことになります。(「10000メートルが普通」という言明は正しくありません。詳細な情報を収集したり、立体撮影をしたりするときには、中高度や低高度の定速直線飛行を強いられます。2000メートルそれ自体が異常なわけではありません。)
最も肝要な言明は「ツーロンからマルセイユの方向へ」「2000メートルの高度を(確とした目的もなさそうに)飛んでいた」という2点です。
マルセイユ沖に沈んでいたことは既に確認されていますから、「なぜこんなところに?」という謎は、今に始まったことではありません。今回重要なのは、西に向かって飛んでいたという点にあります。ローヌ川沿いに南下して、ボルゴへ向かって帰還中であった可能性が否定されるからです。そして、こんな場所で2000メートルの高度を取っていたというのも、理解できない行動です。この飛行方向と高度が(とんでもない場所であることと合わせて)、当日のサンテックスの行動が、命令と酷く乖離していることと、まったく非常識なものであることを、申し開きのできないものにするのです。
リッペルト氏の証言が事実であるとすれば、「サンテックス自殺説」は圧倒的な優位性を獲得することになります。このルポルタージュがどんなに重要な意味を持つか、お判りいただけるでしょうか?
【この著者は、“Son Lightning P-38 a décollé au petit matin depuis la Corse pour une mission de reconnaissance à l'est de Lyon”と、読者をミスリードするようなことを述べています。偵察目標が「リヨン東部」または「リヨン東方」、つまり、リヨン近辺であれば、サンテックスが(飛行方向はともかくとして)マルセイユ付近にいたことは命令に沿ったものであると弁明する可能性が残されているからです。偵察目標はリヨン東方 100km の彼方にあります。また、Lightning P-38 という呼び方は、このような著作を世に出すにしては不勉強です。】
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