敗戦直後の、ナチ狩りが横行していた時代ならともかく、落ち着きを取り戻してからの世間では、誰も「サンテックス機を撃墜した」ことを責めたりはしません。両者共に軍人である限り、戦場では当たり前の任務を果たしただけなのですから。しかも、リッペルト氏はテレビ局に勤めており、そのような時代の雰囲気は敏感に感じとっていたはずの人なのです。
「自分がサンテックスを撃墜したのだ」と確信していたのなら、それを告白する機会は今までに複数回あった筈。64年間も沈黙を守り続けるのは、よほどの理由と強い意志がなければできないことです。サンテックスに対する強烈な思い入れと、罪の意識と呼んで良いほどの、激しい自責の念が感じ取られます。少なくとも、ありきたりの人ではないのでしょう。【つまり、彼の所行を、普通の元ドイツ軍兵士に敷衍することは妥当ではありません。】
「彼と知っていたら撃たなかった」と伝えられていますが、28機撃墜記録保持者の言葉とも思われません。もし本当にそう考えたのであれば、軍人として失格であると同時に、許し難い差別でもあります。「若い頃にサンテックスの作品(夜間飛行/人間の土地)を読んだ」というインテリゲンチャ*が、そんな思想を抱くことがあるのでしょうか?
|
*
最近は日本でも書物の価格が高くなってきましたが、それでもまだ、読書人口が酷く低いわけではありません。先進諸国では、随分昔から書籍は高額で、普及の足枷になっていました。識字率も100%というわけではないのです。 白人社会での「文学作品」読者は、極めて少数派に属します。その代わり(というのは変な話ですが)、その「少数派」の知識・判断レベルは、日本の“知識階級”なぞ足許にも及ばない広さと深さをもっています。 更に、時代の違いを考慮する必要があります。日本でも、旧制中学校・旧制高等学校の生徒・学生は、現在の高校生・大学生とはまったく別物です。当時のドイツも事情は同じで、高校生・大学生はエリートでした。彼らが遺し、第一世界大戦後に編集・出版された「戦没学生の手記」は世界中で読まれて、深い感銘と影響を与えたのです。 リッペルトの学歴がどのようなものであるかは知りませんが、あの時代のドイツで「夜間飛行」や「人間の土地」を読むほどの人は、「庶民」ではありません。当然、それなりの「哲学」を有していたはずです。 |

ツーロン(トゥーロン/トゥウロン)は重要軍港でした。望遠レンズ付きのカメラを備えた写真偵察機に侵入されたのでは、裸も同然です。偵察機であろうとなかろうと、敵機が2000メートル上空(肉眼観察でも上図のような状態。中央付近、2本並んだドックのうち右側に航空母艦が入渠しているのが判りますか?)を飛んでいるのに「立ち去らなければ撃つしかない」という間抜けな判断はあり得ません。たとえ燃料切れ寸前の追撃戦になろうとも、撃墜するのが戦闘機の役目です。【リッペルト氏の証言は、64年間の時間経過を経てかすみ、かなり歪曲されている可能性があります。】
NASA のデータが間違っているとは思いませんが、上の画像は視野の中央部だけを切り取って示していますから、(拡大はしていないのに)望遠効果を作り出してしまいます。ヒトの奥行き距離感覚は、垂直方向と水平方向で異なる(昼間と夜間でも違います)ので、参考までに、主要都市で水平距離約 2km の距離の代表例を挙げておきます。その地点に立って、目標地点の街を視線に直角に立ち上げたらどのように見えるか(水平方向感覚)を想像してみて下さい。
|

飛行機乗りがいう「ツーロン上空」はツーロン市街地直上を意味するとは限りませんから、撃墜・海没位置が上図の海域である可能性は充分あります。
| その代わり、晴れた日の正午近く、陸上部(または海岸近くの)上空2000メートルの撃墜劇に目撃者がいないのはあり得ないことです (リッペルトが接近する以前から、低空を飛ぶ特徴的な機影の F5B は注目を集めていた筈です)。ツーロン市街地から目視可能な位置ならば尚更のこと、何百人もの目撃証言が集まりましょう。そのような空中戦の目撃証言は、今までありません (あれば、疾うに「その戦闘機と操縦者」の探索がなされている筈)。リッペルト証言はスタート時点で既に、滅茶苦茶なマイナス点を背負っているのです。 |
![]()
リッペルト説 疑惑点
| |||||||||||||||||||||||||
リッペルト 破綻点
| |||||||||||||||||||||||||
リッペルト 補強/支持点 |
サンテックス未帰還をリッペルトは知っていた
|
![]()