「没落貴族」の項で説明したとおり、サンテックスの戸籍上のフルネームは Antoine Jean-Baptiste Marie Roger de Saint-Exupéry と言います。当然、この長たらしい名前を使う人はいません。通常は、Antoine de Saint-Exupéry で姓名としますが、「これでもまだ長くて煩わしい」と思う人が多いのです。それでは、どのような略称があるのでしょう?
サン=テグジュペリと呼ぶ人が多いのです。でもこれは、姓(の一部)を使っているに過ぎませんから、当然、個人を特定する機能はありません。多くの「サン=テグジュペリ家」に属する人は、すべてこの範疇に属し、誰を指しているかは文脈上で判断することを迫られます。母マリー,父ジャン,妻コンスエロ,次姉シモーヌ,夭折した弟フランソワ達が混じる話では、適当な略称ではなくなります。それに、遠縁のサン=テグジュペリ家(たとえばボルドーにブドウ畑を所有し、マレスコ・サン=テグジュペリ銘のワインを生産している家系)も、話題によっては考慮に入れなければなりません。
著作物に限って言えば、マリー,コンスエロ,シモーヌ,が“サン=テグジュペリ”姓で作品を出版しています。それでも、サン=テグジュペリという姓は珍しいので、混同は少ないのですが、厄介なのはペンネームです。好き勝手に名乗ることができるので、今後どうなるか判りません。現在既に、Michele de Saint-Exupéry 名の小説が市販されています。
“Tropic of Lust”,
Avalon Publishing Group Inc., New York, Blue Moon 叢書, Michele de Saint-Exupéry 著,(著者名は Amonymous、つまり作者不明。Michele は作中の主人公(女性)の名です。)
日本の新書判の大きさで224ページ。挿絵なしの廉価本で紙質は悪く、基本価格 $7.95 のシリーズもの。(1987年に Caroll & Graf Publishers Inc. が版権を獲得し、1992年に初版を出版しています。2002年に Avalon 社が Blue Moon シリーズとして再版。“EROTICA”とシリーズ名があり、“Tokyo Story”などという作品も含まれます。) 表紙を見れば想像できるとおり、内容はポルノグラフィーです(子細に観察するとビキニラインに剃り残した毛があって、作中の主人公と同じブルネットの女性であることが見て取れます。表題は「欲情の回帰線」。ただし、バンコックは北回帰線からは随分離れています)。「ミッシェルは、ロンドンからバンコックへの機中にあった。」と始まり、機内で二人の男性から個別に受けた和姦の描写が続きます。空港に出迎えた夫と会うところで第1章が終わり、(第2章以降では、多分、バンコックでの男性遍歴が描かれるのでしょう)物語の最終部分は「(シャム人の)二人の男は、同時に射精した。. . . . . . 。誰を指すのか定かではない彼女の叫び声が、暗い水面に響き渡った:好きよ! 好きよ! 好きよ!」 と終わります。7章もの内容を読む気にはなれませんが、全部読んでみるまでもなく、品の良い作品とはいえないでしょう。
【この欄を書くためだけに、わざわざ合衆国から取り寄せました。「想像だけでものを言わない」実証主義を貫くためです。(この本、予想外の収穫なのかも知れません。そうしたレベルの読者層を狙ったのでしょう、英語そのものは単純で易しいのです。「子どもにも読める」位です。でも、子どもには、内容をちゃんと理解することはできないでしょう。大人だって、経験不足の人には、どう絡み合っているのか判らない場面も出てきます。Le Petit Prince もそうなんです。「本来、子どものために書かれた」だの、「新訳は、内藤訳を超えることはできない」だのと嘯いているあなた、人生経験に欠けるところはないか、よく考えてみましょうね。)】
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アントワーヌは世界中にいっぱいいるので、個人を特定するには使えません。彼の家族は“トニオ”という言い方をしています。これは、コンスエロが使い始めたものです。(それより前にブエノスアイレスで、若い愛人達からこう呼ばれていたのかも知れません。)
“アントワーヌ”がなぜ“トニオ”になるのでしょう? これは“アントワーヌ”をスペイン風に読み替えた上で、その語尾を採ったのです。
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私がブエノス・アイレスを訪れた際、サンテックスの住んでいた場所を尋ね歩いたことがあります。ある事務所で、サンテックスの作品表紙のコピーを示しながら「アントワーヌ・ド・サンテグジュペリのことについてお尋ねしたいのですが」と申し出たところ、質問内容を聞き取った男性はくるりと後ろを向いて、事務所内の人たちに大声で「誰かアントニオ・デ・サンエグジュペリのことを知っているか?」と叫んだのです。 なるほど、スペイン語圏の人にとって「アントワーヌ」は「アントニオ」なのだと得心したものです。 |
彼の友人達は、“サンテックス”という呼び方をしました。彼自身も、親しい友人への手紙では、“サンテックス”と署名しています。文字で書くときは“StEx”と書きます。これは特定の個人のをさす「あだ名」で、他の人に対しては使われません。短くて便利なので、多くの人が彼のことをこの略称で呼びます。私も、この呼び方を用いています。