爵位と勲位

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 勲章を持たない貴族はありませんが、貴族でなくとも勲章は貰えます。それどころか現在は、フランスでも日本でも、勲章は生きていますが貴族は存在しません。

貴 族

 フランスは共和国です。当然、王や貴族は廃されています(1875年)。元貴族が男爵だの伯爵だのと名乗ることがありますが、勝手にほざいているだけで、法的にも社会的にもまったく意味はありません。
 サンテックスが「伯爵」を名乗ったり、そう呼ばせたりしたこともあります。彼が爵位を所持したことは一度もありません。実質的にも、彼の家は疾うに没落していました。

 爵位
 国によって異なる。日本の爵位はヨーロッパのまねなので、イギリスやフランスの爵位との対応がつき易い。
  公爵(duc, 女性が爵位を継承する場合は duchesse。以下同じ)
   侯爵(marquis, marquise)
   伯爵(comte, comtesse)
   子爵(vicomte, vicomtesse )
   男爵(baron, baronne)
  の5階級。イギリスではこの下に、Sir という爵位(受位者一代限り)がある。
 位階
 「位階」は、「爵位」ではない。中国をまねて作られた律令制の官吏の等級で、時代によって異なる。原則として五位以上が貴族で昇殿が許される。第二次世界大戦敗戦によって廃止されたが、1964年、故人に限って叙位が復活された。フランスにはない。
 王子
 日本語で言う「王子」は、王族男子で王位についていないものをいう。第一王位継承権者は「太子」である。皇族男子を「皇子」「親王」と称し、その場合の第一皇位継承権者は「皇太子」という。
 Prince
 日本では簡単に「王子」としてしまうことが多いが、そんな単純な代物ではない。
 フランスを中心に、ヨーロッパでの“Prince”を考える。ただし、系列が異なるロシア、複数の系列が混ざり合って煩雑になるドイツとイギリスを除く。
 ローマ時代、皇帝をプリンケプス princeps と称した。princeps は、第一人者・筆頭者という意味で、ローマ市民の代表者を指したが、転じて、最高権力者である君主を意味する言葉となった。
 1)君主は「王」や「皇帝」を名乗るようになる。支配者が「王」であることを国際的に認められないような小国の君主は、プリンケプス(日本語では大公)を名乗り、そのような小国を公国と呼ぶ。【現存する公国は;モナコ公国 Principauté de Monaco,リヒテンシュタイン公国 Fürstentum Liechtenstein,アンドラ公国 Principat d'Andorra。君主は“prince”である】
 2)フランスでは、元々は王・皇帝から任命された地方長官に過ぎなかったものが、次第に領地を世襲し支配力を手に入れたものを「伯」comte またはラテン語でプリンキペス principes と呼んだ。「伯」の中でも有力なものが 「公」duc や「侯」 marquis を名乗るようになった。
 3)王国の、王位継承権を持つ王族男子(=王子)も、領土の有無にかかわらずプリンキペスと自称・他称するようになった。これらのプリンキペスは各国それぞれの言葉で表現されるようになる。フランス語では「プランス」prince である。
 上記 1),2),3)が「プランス」である。
  サンテックスも、世が世であれば(= もし領地があり、爵位を継承できていれば) 2)の「プランス」であったことには留意する必要がある。

勲 章

 レジオンドヌール勲章(Légion d'honneur)は、ナポレオン1世によって制定された。『グラン・クロワ』(Grand-Croix, 大十字)、『グランオフィシエ』(Grand-Officier, 大将校)、『コマンドゥール』(Commandeur , 司令官)、『オフィシエ』(Officier, 将校)、『シュバリエ』(Chevalier, 騎士)の五階級。フランス人の場合はシュバリエから始まり、受勲毎に等級が上がる。

 サンテックスの受賞歴
 1931年4月初旬 キャップ・ジュピーでの業績(不時着した飛行機を探すための捜索飛行14回・その他)が認められて、レジオン・ドヌール勲章(シュバリエ)を授与される。
 1939年1月 レジオン・ドヌール勲章(オフィシエ)を授与される。
 1940年6月上旬、前線での活躍により、戦功十字勲章を授与される。

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