内容の信頼性とメディアの堅牢性(=永続性)からみて、知識の最も確かな伝達と蓄積の手段が書籍であった時代、書斎を持つことはインテリゲンチャの夢でした。専用の書斎を持つことができるだけの財力に恵まれた人々は、書棚を飾る本の表装を、自分の好みに合わせてデザインしたのです。
現在売られている書籍の表紙が、ハードカバーとペーパーバックに分類されることはご存じですね? 多くの場合、後者はコストダウンの手段として採用されます。つまり、廉価版というわけです。フランスではペーパーバックのことを“Broché”といい、日本語ではこれを「仮綴じ」と訳します。これは廉価版ではありません。
元来、書斎に納められるほどの内容を持った本は、“アンカット”、つまりページを切りそろえず「袋綴じ」の状態で、仮綴じの形で売りに出されました。それを手に入れた持ち主は、自分の書斎本として統一した幾つかの大きさの内の一つに切りそろえ、それぞれに意匠を凝らしたカバーで製本するのです。そのためには“ハードカバー”は却って邪魔です。カットしてあればその分「切り代」が少なくなり、製本の自由度が減ってしまいます。高級な本こそ「仮綴じ・アンカット」で発売されたのです。
思いもよらぬことに、紙の寿命は短いものでした。酸性紙問題が表面化したのは比較的最近のことです。加えて、ディジタルメディアの発達が、書籍の優位性を完全に打ちのめす時代に突入したのです。書斎が「男の夢」であった時代は過去のものとなりました。贅を尽くした私家表装本は、もう造られることはないでしょう。le Petit Prince/The Little Prince を愛するあまり、私家表装を施した数少ない愛書家の愛蔵本をお目にかけます。


Reynal & Hitchcock 版の The Little Prince。赤いなめし革に金の背文字という取り合わせです。
モニターによっては赤が明るく純度が高い色に出るかも知れませんが、実物は落ち着いたワインレッドで、画面ほど派手ではありません。
背を横断する隆起は「バンド」と呼ばれます。

切りそろえたページの上の部分に金泥を塗る「天金」という処理を施してあります。

元の表紙を捨てるに忍びなかったのでしょう。表紙ボードから剥がしたクロスを最後のページとして組み込んであります。(Reynal & Hitchcock 英語版にペーパーバック本は見つかっていません。)
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この「赤革表装」は、古書店が付加価値を付けるために行なった改造である可能性が出てきました。まったく同じ表装と思われる物が、同じ古書店から少し値段を上げてまた売りに出されたのです。
もし、値段をつり上げるためにせっかくのオリジナルな表紙が壊されたのだとしたら、とても残念なことといわざるを得ません。古書店の風上にもおけない、とは言い過ぎでしょうが、やめて欲しいものだと思います。ただし、英国は古書の値段が割高なので、材料費・工賃等を考えると、この表装し直しによって利潤が不当にはね上がったとは考えられません(レイナルヒチコック社の初版本は、保存の程度がよければとても高価なのです)。本体は綺麗なのに表紙だけが汚れたか破れたかしたもの(価格はひどく安いものになります)を選んで表装したのでしょう。 |

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こちらは1956年発行の Gallimard 社版 Le Petit Prince。
うんと濃い紺色の色素で黒く染めたなめし革の表装。背は5本のバンド入り。表紙裏と裏表紙裏の効き紙がマーブル模様になっているのがお判りでしょう。
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1949年発行の Gallimard 社版 Le Petit Prince。表紙裏と裏表紙裏の効き紙はマーブル模様。
通常、装丁に際しては元の表紙は取り除いてしまうか、切り取ったうえで、貼り込みにするのが普通です。この所有者は、ペーパーバックの表紙を含めて、本全体をハードボードの表紙で装丁する方法を取とりました。本来の表紙が気に入って、取り外すに忍びなかったのでしょう。
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書物本体ではありませんが、特製の函もあります。写真の函は初版著者署名本(英語版。525 冊限定版)の一つ。ハードカバーのボードを剥がして製本し直すよりは、函を造ることを選んだものと思われます。

