箱根仙石原に“サン=テグジュペリ 星の王子さまミュージアム”がオープンしました(1999.6.29)。既に行かれた方、あるいは行きたいと願っておられる方もあろうかと思います。
展示パネルのひとつに、王子が着ているガウンの色の違いについてエピソードを紹介しているものがあります。 ガリマール社が Le Petit Prince を出版するに際して、原画が手に入らないままに(つまり、他の出版社が発行した本を原本として製版をしたということなのですが、その経緯については別項“p.64 の秘密”“numero d'edition enigma”“王子さまは何回入り陽を見たでしょう”等をご覧下さい。)インクの色を選んだというのです。その折、同社は王子のガウンの色が(原本の挿絵では)薄すぎると判断して、もっと濃い色で刷り上げたと説明しています。
不勉強な私には初耳でした。各国語版でそれぞれに色が異なり、大幅に違うものや微妙な違いを見せるものがあることはもちろん気づいていましたが、多くは印刷の度毎に色合わせが完全にはゆかないからだと思っていたのです。
ミュージアムに行きたくとも行けないでいる人も多いでしょうから、どの程度の違いがあるのか、お見せします。撮影条件等の要因を統一するために、一緒に撮影したものです。(経年変化については判断材料も修正方法もありませんから、この際考えないことにします。)

2列並んでいる向こう側がガリマール社の Le Petit Prince で、左から 1945 年版,1947 年版,1964 年版,です。 手前2冊はアメリカの Harcourt & Brace 社版 Le Petit Prince で、同社は本の印刷年月を明らかにしませんからいつのものか明確でないのですが、左がごく初期のものですから初版本の色彩を反映していると期待しています。(残念ながら私は、Reynal & Hitchcock 社版を所有しておりませんので、本当の初版本で較べることができません。⇒ 入手しました。「王子の肖像」の色調に関する限り、Harcourt & Brace 版は Reynal & Hitchcock 版を−ロット間のばらつきの範囲内で−忠実に再現していますので、写真の差し替えはしません。本物の Reynal & Hitchcock 版については、別項「2系列の挿絵」をご覧下さい。)右が比較的最近の製品です。
問題の色の違いとは、左端ふたつの違いを指します。モニターの発色特性が異なりますから、皆さんが正確な色をご覧になっているとは期待し難いのですが、違いは判別できると思います。ガリマール版はガウンの外側が青色,内側が紅色であるのに対し、ハーコート・ブレイス社は、外側がモスグリーンに近い色,内側が朱色になっています。(前者を“青-紅系”後者を“緑-朱系”と呼ぶことにします。)
色調とは別に、色の濃さの変化もあり、ガリマール 1964 年版は淡い色合い(淡色系)に表現されています。最近のハーコート・ブレイス版はガリマール版と同系統(青-紅系)に変わっています(右側)。
【ガリマール版は初め紺色(濃色系)でしたが、1952年に中間色となり、1953年に中間色と濃色との2種類が出回った後、それ以降は空色(淡色系)に変りました。】
先に述べたように、ミュージアムのパネルの説明は、「ガリマール社の判断ミス」説です。
他にふたつの考え方があり得ると私は思っています。すなわち、
(1)単なるインク配合のばらつきが原因。
(2)ガリマール社が故意に別の色を使用した。
の2点です。
(1)は充分に説得性があります。第二次世界大戦後の混乱と物資不足の中で、紙やインクの調達は容易なことではありません。加えて、その当時ガリマール社は経営困難な状態だったといいます。美術書ならばいざしらず、当初子供向けの童話と見做されていた Le Petit Prince の挿絵に、多くのエネルギーを割いて色合わせをするでしょうか。似たような色であればそれで充分と、手持ちの安いインクで単純な色に刷り上げた可能性は小さなものではありません。
(2)は悪意ある意見と非難されるかも知れませんが、“幻の初版 1945 年版”の事情次第では、本質をついたものになってしまうかも知れません。ガリマール社が判断ミス説を主張したとしても、(2)の可能性は残るのです。