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ガイサンシーとその姉妹たち

 私はこの著者や出版社と何の関わりもありません。しかし、少しでも多くの人に読んでいただきたいのと、何よりも、少しでも多く(せめて重版が出る程度には)売れて欲しいので、勝手に紹介記事を掲載します。書店に並んではいないようです。注文・取り寄せをして下さい。


 ガイサンシーとその姉妹たち,班 忠義,梨の木舎,四六判 19.4 cm, p.345, 2006年9月15日発行,¥2,800.- +税,ISBN 978-4-8166-0610-6 (旧式 ISBN:4-8766-0610-6)

 蓋山西とは、表紙に描かれた女性:侯 冬娥 につけられた「山西省トップ(の美女)」という意味のあだ名です。日本軍にさえ名を知られた美人であったがために名指しで女狩りの標的にされ、その都度逃れていましたが(ニューヨークでサンテックスが Le Petit Prince を執筆していた1942年の夏)3度目の自宅急襲で遂に捕らえられてしまいます。21歳・人妻・一児の母でした。
 この本は、旧日本軍が行く先々で現地の女性に対しどんなに非人道的な仕打ち(妊婦が連日の輪姦で流産した例もある。割かれた妊婦の腹の中を覗いたという兵士の証言も)をしていたかの一端を、地を這うように丹念な聞き取り調査で明らかにした出色のルポルタージュです。
 読み終えるには、辛い思いに耐えなくてはなりません。日本人として恥ずかしいことですが、これは盂県だけの特殊例ではありません。中隊の隊長や主犯格の下士官が交代/戦死すると悪辣な拉致監禁は影を潜めるので、特殊・極端な例と言えなくもないのですが、これに類する(特定の「強姦所」* 以外での)行為をまったく行わなかった部隊の方が珍しいほど、旧日本軍は野蛮な軍隊でした。(野蛮でない軍隊など、存在しないのかも知れませんが . . . 。) その蛮行は若い、または幼い(13〜15歳**が少なくない)人生を狂わせただけでなく、戦争が終わった後も被害者が、激しいトラウマに苛まれ、周りの同胞から差別されて、死ぬまで地獄の辛酸をなめ尽くすという二重三重の爪痕を残したのです。

*  一定地に留まる守備隊でしたから特定の建物をそれに使用できました。移動を続ける野戦軍にはそれは不可能で、野外や押し入った家屋で犯行に及んだのです。
** 本書に記述された例。(一般的にはもっと若い被害者もいるとされています。犯行現場で密殺された、または無理な行為によって死んでしまった例は証言がないのと、「その後の人生」はあり得ないのでここでは論じません。)

 加害国である日本はもちろんのこと、被害者を救済しないどころか歴史から消し去ろうとする中国政府も、厳しく糺弾されなければなりません。そして、「強姦所」の主であった北支派遣方面軍第一軍独混第四旅団*第十四大隊**第一中隊は、後に編成替えで第六二師団(沖縄派遣軍石部隊)第六三旅団に編入、沖縄本島首里近辺に展開 しました【RenardBleu 調査結果】。獣欲を恣にした盂県生き残り兵士たちも、「鉄の暴風」が吹き荒れた沖縄戦で圧倒的な米軍に蹂躙されてほぼ全滅し「国のために命を捧げた『英霊』」として祀られている事実を、見過ごすことがあってはならないでしょう。

* 旅団#;軍事編成上は師団と連隊の中間に位置する単位集団です。師団が作戦上の単位であった時代には、1師団に2個旅団が属し、1個旅団は歩兵2個連隊で構成されました。兵器の進歩や技術の向上によって部隊の戦力が上がり、かつ、比較的小規模の戦力を多面的に展開する必要から、旅団を作戦上の単位として機動的に運用することが世界的な軍事趨勢となりました(現在では更に小さい「連隊戦闘団」が世界的主流です)。歩兵だけでは作戦単位として不足ですから、混成旅団(歩兵・工兵・歩兵砲・機関銃・速射砲・その他の兵科を擁する。時には、砲兵大隊/連隊や戦車大隊/連隊を併属させる)が編成され、師団並みの運用をするため「独立」(すなわち師団に属さない)混成旅団(独混旅団)とされました。

#  蛇足説明:この名称、古代中国の制度をサル真似で輸入した古代日本の律令制度に起源を持つ。春秋時代の中国の軍制は「軍(グン/兵数12500)・師(シ/2500)・旅(リョ/500)・行(コウ/100)・卒(ソツ/25)・伍(ゴ/5)」のピラミッド型構成。5進編成の序列だが、なぜか行だけが(5卒=125人でありながら)実数100となっている。
 明治時代以降の日本では鎮台制をとり、各地の主要都市に鎮台(連隊、後に師団が駐屯。軍港には艦隊と海兵団)を置いて、その支配地の(一揆・蜂起・反乱鎮圧のため)軍事統制に関する責任単位とした。師団配下の2個旅団に属する連隊は、大・中の都市に分散配置された。植民地主義に転じて海外出征が増加すると、旅団・師団が移動することとなるが、元の駐屯地から師団がいなくなるわけではなく、留守部隊は残り、補充が行われる。【たとえば、第三師団(名古屋鎭台)にあった歩兵第六連隊《鎭台連隊と呼ばれる、鎭台が置かれたときからの古豪連隊のひとつ。西南戦争・日清戦争・日露戦争・日中戦争と出陣し、勇猛であったとされる。1937年8月23日の呉淞上陸作戦(上海派遣軍)では、上陸地点で機関銃に射すくめられて大被害をだし、その後半月ほどの間に部隊はほぼ全滅》は二度にわたって(ときの現役主力部隊が北支へ、その後補充・訓練を終えた留守部隊が第二陣として中支へ)派遣され、それぞれ独立に作戦行動に従っていたため、互いに相手の存在を認識することなく戦域で遭遇し、(相手を、六連隊を詐称する中国軍であると思い込んで)あわや同士討ちの危機に面したことさえあった(斥候同士が兵舎・練兵場・名古屋の街の様子・その他の記憶を怒鳴りあって、互いが六連隊入営経験者であることを確認、事なきを得たという)。もし戦闘が始まっていれば、双子連隊の同士討ちという、世界軍事史上の珍事となるところであった。同士討ちに関しては、友軍の所在と正体を知らされずに作戦行動に従わされた旧日本軍指揮系統の欠点を露呈したもの。「同名連隊」の遭遇は、動員戦力枯渇のため同じ連隊から(留守部隊の補充による)重複動員が行われた結果である。】

** 部隊名その他については、私独自の調査をしておりません。上述のように1個旅団中の歩兵は、2個連隊(= 2×4個大隊 = 2×4×4個中隊)からなります。従って、旅団が14個もの大隊を持つわけではなく、「第十四大隊 」は防諜上の呼び名(たとえば、第一連隊第四大隊)であろうと思われます。当然、中隊の下部に小隊(更に「分隊」「班」)がありますが、戦術・戦闘上の最小運用単位は中隊でした。進圭社に堡塁を築いて駐留したのが、上記の第一中隊だったわけです。【運用単位である中隊は、受領した命令書(時に口頭伝達)の範囲内で独立性を持ち、原則として、上級本部・司令部や憲兵隊以外には、他の部隊からの掣肘を受けない。進圭社の堡塁に「強姦所」を設けたのも、中隊長の権限と責任に属する。もちろん違法で、軍法会議にかけられれば有罪を免れない。】

 事実を見据えようとする者を「自虐的」と嗤う人がいます。それでは民族が犯してしまった犯罪の反省や償いは出来ません。最も基本的な償い、すなわち、二度と同じ過ちを繰り返さないために、事実を知っておくことは絶対に必要です。特に、目隠し教育しか受けてこなかった若い人たちに、過去に起こった事実のありのままを、しっかり見つめていただきたいと思います。

 世界史上、外征軍が自国を護るためのものだった例はひとつもありません。少なくとも過去の戦争で軍隊が国外へ派遣されたとき、それは必ず侵略のためのものでした(そして必ず、「自衛」のためだと主張されました)。国連が本来あるべきコントロール機能を獲得できていない現在、事情はまったく変わっていません。いま日本は、おかしな方向へ歩みを進めつつあります。世界に誇るべき日本国憲法(ニホンコクケンポウ)第九条が危ぶまれる事態になりました。自衛隊(とりわけ海上自衛隊)が、かつての関東軍に似た性格を示し始めています。シビリアン・コントロールが危ういのです。
 時勢というものは、やがて抗うことの出来ない凶暴な奔流となることがあります。いま私たちは、それを食い止める最後のチャンスに直面しているのではないか、そんな虞をひしひしと感じるが故に、あえてこの本を推薦いたします。
 巨大な組織暴力の前に、個人はまったく無力です。しかし、その「巨大な暴力」を具現しているのもまた、一人ひとりの個人なのです。犯される被害者と犯す加害者。その憎むべき加害者が故郷に帰還すれば、優しい父であり善良な夫であったという信じがたい「事実」を私たちは背負っているのです。戦争という国家の犯罪を抜きにしても、現に私たちの身の回りで同じことが起きているのではないでしょうか。本書は、被害者である「個人」たちの凄絶悲惨な人生を通して、個人と国家の責任を根底から問うものです。
 読んでみてください。「星の王子さま」の真髄を理解できる人ならば、本書の内容を「心で見る」ことが出来るはずです。


 ウエブ検索をしてみたところ、蓋山西およびその「姉妹」たちを「従軍慰安婦」と呼んでいる例が多いことに気付きました。内容を読んでいない証拠と思われます。本書内の証言者が強い口調で著者を面責しているとおり、彼女達は「慰安婦」ではありません。紛う方なき拉致・監禁・強姦・輪姦で、中隊規模で行われた「性犯罪」なのです。もちろん「従軍慰安婦」と本質的には同じ問題なのですが、蓋山西たちに関しては、「賃金が支払われた」だの「自由意志」だのといった、本質を逸らそうという詭弁・ごまかしの入り込む余地がありません。

 本書の内容に、誤り・誤解・一方的な言い分があるかも知れません。たとえば、「第1回目の拉致から約2週間後、さんざん嬲りものにされて瀕死の蓋山西が昏睡状態で(身代金と交換に)村に戻されてきたとき、腹が風船のように膨らんでおり、母親が麺棒で絞り出した精液は洗面器いっぱいもあった」【要約:RenardBlue】というのは、女性の内性器の構造上あり得ない話ですし、日本兵は性病予防のために“突撃一番”(軍用コンドーム)を支給され、この進圭社でも使用していました(最初に拉致・監禁された少女の証言)。【腹部の膨潤は炎症のためで、膿や血液が止まらなかったのでしょう。ただし、蓋山西は病状が軽快した1年後再度の監禁・集団凌辱で妊娠し、後に流産。1回目も状況は同じで、コンドームを使わなかった者もいたことでしょう(洗って再使用・再々使用したとしても、連日の輪姦でコンドームは不足した筈。他にも妊娠させられた女性がいます)。上記の膣内残留精液量に関する件は村人との会話を文章化したもので、調査結論でもなければ著者の意見でもありません。うわさ話というものは、おもしろおかしく、大げさに脚色されがちですから、著者や読者はそのことを心にとめて、本質を拾い出す冷徹さが必要です。】 同様に、そのまま受け入れられない点が他にもあるかも知れませんが、ルポルタージュとしての本質を損なうものではないと思います。

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