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よく知られた「童謡」のひとつに、『花嫁人形』がある。人気挿絵画家であり詩人でもあった蕗谷虹児、1923年12月の作*である。後に曲がつけられて、愛唱されるようになった。
| * 雑誌「令女界」1924年2月号に掲載。予定していた原稿が間に合わなくなって、急遽作詞したと伝えられる。間に合わなかった原稿は、西条八十の詩であるとも、与謝野晶子の短歌十首であるともいわれている。 |
このような内容が子供に判ろう筈はなく、当然、子ども向きの「童謡」ではあり得ないし、これを「子どものための歌」と主張する人はいない。
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** 虹児本人が「あれは(「濡れる」ではなく)『切れる』でなければならない」と語ったという。
*** これについては様々な人が考察を加えており、虹児12歳のときに若くして(28歳)他界した母への思いを抜きにすることは出来ないという点で、意見が一致します。この母は15歳で虹児の父(20歳)と樺太へ駆け落ちし、虹児(本名一男)を産んだのです。その虹児もまた、長じて19歳のとき、人妻との恋のため樺太の父の許へと逃れています。 |