爆撃機操縦志願

サンテックス神話の崩壊

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 サンテックスは偵察機操縦士でした。アメリカへ来る以前もそうでしたし、このあと、再び地中海域で戦線へ復帰してからもそうでした。そして、偵察任務を帯びて出撃したまま帰投しなかったわけです。

 サンテックスは人を直接殺すのを嫌って、偵察機を選んだのだと信じられています。実際、本人もそう述べているようです。しかしこれは見え透いた嘘なのです。初めて操縦士として軍務に就くに当って、サンテックスは戦闘機搭乗を希望しましたが、彼の技量と体格では戦闘機乗りは無理でした。彼の希望とは裏腹に、当時二線級と見做されていた偵察隊へ配属されたのです。

 そして、彼の「人道主義」が嘘っぱちであることを如実に示すのが、このドゥリトル爆撃隊への参加志願です。生還確率が低い作戦への義勇参加は、彼の死への願望性癖と無関係ではないでしょうが、「戦う操縦士」としての彼の名声が、国際的に確立できることへの功名心もあったのかも知れません。更に考慮に値するのは、この事実が(「人殺しは嫌だから偵察を選んだのだ」と明言しているのですから)、白人を殺すのには躊躇があるが“黄色い猿”ならやっても良い、という人種差別の心情が彼の中には潜んでいたかもしれないということを示唆している点です。

【これらの事項については、拙稿「論考/考究」で詳しく議論する予定です。】

 


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