王子の宇宙

描かれた星座は同定できるか?

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 Le Petit Prince/「星の王子さま」の挿絵には、星や太陽が描かれたものがあります。不思議なことに、月を描いていません。ヨーロッパでは、月は狂気のシンボル*とされることが多く、あまりよい印象を持たれてはいません。都会はともかく、田舎では夜出歩くことはおろか、窓から入る月の光を浴びることさえ嫌う人も多いのです。(アンデルセンのようにそうでない人もいますが...)。 昼が健康な正気の世界であるならば、夜は魑魅魍魎が跋扈する魔の世界であり、その、まがまがしい闇の世界を浮かび上がらせる月の光は、魔物の世界を支配する照明装置なのです。

*  英語で lunatic と言えば、「気がふれた,狂人」という意味です。この言葉の原義は「月の影響を受けた,月光を浴びた」と言うものです。狼男も満月の夜に変身することになっていますネ。

 飛行機乗りにとって、満月前後の月はとてもありがたいものです。月の光というものは、皆さんが考えている以上に明るく、雲がなければ、上空から地形を観察することができます。夜間飛行の経験があるサンテックスが、月に対してネガティヴな感情を抱いているとは考えられません。

 それはともかくとして、郵便機の操縦者であったサンテックスが星座に無知であろう筈はありません。風に流される自機の位置確認のために天測は欠かせないからです。彼は南米大陸を縦断飛行しているのですから、北半球だけでなく、南半球の星座についても精通していたはずです。そのサンテックスが描いた星空は、実在の星座を模しているのではないかと誰でも考えましょう。私もあれこれ当てはめを試みたことがあるのですが成功せず、結局は投げ出してしまいました。

 2000年も終わり近くになって、星座の同定ができたという新聞記事が現れました。私とは少々見解を異にしますが、その同定をなさったのは椚山義次さんとおっしゃいます。詳しくは別項“60年に一度の配列 木星・土星・アルデバランの大三角”をご覧下さい。
 椚山さんは「1940年にこの配列が起こった」と述べておられますが、シミュレーションに誤りがあったようです。1941年7月が正しいとのこと。詳しい追試の結果は、yu さんの素晴らしい宮沢賢治研究サイト「プリオシン海岸」: 「星の王子さま」木星・土星・アルデバランの接近三角形 をご訪問ください。


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 最近、上記の椚山さんの説をまるで「定説」のように扱う記事が散見されるようになりました。他に表立って言挙げする仮説はないのですから仕方ないとはいうものの、些か軽率で困った現象ではあります。私は氏の説に賛成できません。こと改めて申し述べるほどのことではありませんが、卑見を表明しておく必要はあろうかと思います。

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 結論を先に述べます。初版ダストジャケットに描かれた星空は、実在のものではない、少なくともサンテックスが実際に眺めたものではあり得ないというのが私の考えです。

 サンテックスは「星」を2種類に描き分けています。丸い「星」と五芒もしくは六芒の「星」です。
 何等星を境にするかは明らかにしていませんが、「明るい星」は丸く、「暗い星」は芒星で描かれているというのが椚山さんの考えです。従って、丸く描かれた三つの星のひとつがアルデバランだという説が成立するわけです。

 私は別の考えを持っています。サンテックスはそんなあやふやな線引きをする性格ではありません。尖った角を持つ星は「恒星」を、丸く描かれた星は「惑星」「小惑星」* であるというのが私の見解です。だとすると、アルデバランは失格なのです。

*  もし描かれていれば「満月」も。B-612 が全面明るく描かれておりますから、太陽は読者の背後から光を送っている筈。惑星・小惑星・月は全面照射を受けており、三日月型にはなりません。

 サンテックスが、天文現象に対して一方ならぬ興味と知識を持っていたことを示す一端を紹介しましょう

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 昔はあまり知られていない絵だったのですが、デッサン集に収録されたり、ポスターのメインモチーフに使われたりしましたから、もうおなじみでしょう。彼が主催した豚肉パーティーの招待状表紙です。絵の中央下辺と右下辺にある文字列(赤丸内)に注目してください。

 北アメリカでのフランス人同士の論争に疲れ、正常とは言えない精神状態に陥ったサンテックスは、一度は手にした「闘う操縦士」としての名声が忘れられず、失墜した立場を取り戻そうと戦場への復帰を画策します。米軍高官や大統領側近に手を回し、あらん限りの裏工作を使って北アフリカへ渡りました。仇敵ド・ゴール率いる自由フランス軍の妨害もなかなかのものでしたが、幸いなことに北アフリカの自由フランス空軍はアメリカ軍の支配下にあり、ド・ゴールの威光も思い通りには届きません。サンテックスは古巣の II/33 部隊への復帰を果たします。
 II/33 偵察飛行隊は、昔とはまったく別物に脱皮していました。アメリカ軍から貸与された F-4 を使用する部隊に変身していたのです。年齢制限をはるかに過ぎた老体に鞭打って、何とか新鋭機の操縦訓練を乗り越えました。操縦は下手くそで離着陸は極めて危なっかしいものでしたが、この超高速の新鋭機を、サンテックスはひどく気に入りました。まるで新しく高価な玩具を与えられた子供のように、偵察飛行に夢中になったのです。

 案の定、というべきでしょう。実戦出撃をたった一回しただけで、着陸に失敗(オーバーラン)して機体破損事故を起こし、飛行停止(事実上の除隊)処分を受けてしまいます。サンテックスは鬱ぎ込みました。何とかしてあの「おもちゃ」を再び手にしたいと、あらん限りのコネを使って復帰を願い出ますが、今度ばかりは八方塞がり。様々なコネが利いて何とか復帰を果たすのに、1年近くも掛かってしまいました。(それも、原隊ではなく I/22 部隊の爆撃機副操縦士に転属命令が出たのに、命令を無視して勝手に II/33 部隊へ潜り込んでしまいます。)

 処分期間中の一年間、何とか原隊復帰をしようと、あらゆることをしました。その内のひとつがこの「豚肉パーティー」だったのです。1944.1.20 彼はあらん限りの手配をしてブタ丸ごと(もちろんたっぷりのワインも)パーティーを開きます。主賓は



 

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 「部分蝕」とあります。天体が他の天体によって、その一部または全部が観測できない状態にされることを「蝕」と呼びます(月と太陽以外の蝕を「星蝕」と呼びます。ふたつの天体が観測者に対して直列するとき、遠方の天体が隠されるために起こるのですが、月蝕だけは特別で、地球の「影」によって起こります。また、惑星は、蝕によって隠されるばかりでなく、衛星や他の恒星・惑星を隠す側になることもあります)。定義によって、全部隠れれば「皆既蝕」、部分的にしか隠れなければ「部分蝕」ですが、「恒星」は光点ですから、「部分蝕」はありません。(惑星であっても、肉眼では同じです。望遠鏡を使って、ちゃんと視直径が認識できるような場合にのみ、部分蝕を観測可能なのです。)
 星が半分隠れていますね。上記のように、恒星では起こり得ないことなのですが、半分隠れているから「部分星蝕」というわけです。

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 矢印があって、「ここで皆既蝕が起きている。(皆既)だから星を見ることはできないわけだ」と説明文があります。いまは隠れて目に映らないけれど、遠からずまた、必ず姿を現すというわけです。無期限の飛行停止処分を受けている自分の状況に関する、抗議と主張なのでしょう。
 サンテックスには珍しい諧謔ですが、(本当は存在しているのに)“on ne la voir pas”は、Le Petit Prince のキツネの言葉に通じるものがあって、見過ごすことは出来ません。【Le Petit Prince 初版のジャケット(このページのトップ、下辺中央)にも、半分隠れた星が描かれています。(わざわざ強調するまでもない当たり前のことなのですが)「B-612 の向こう側にも隠された星があるよ」と仄めかしたかったのでしょうか。】

   太陽や月だけでなく、星にも「蝕」があることを知っているのは、普通の人の知識ではありません。1940年代の教育レベルを考え合わせると、サンテックスの天体に関する興味と知識は、並々ならぬものであったと判断するべきでしょう。


   サンテックスは南半球にも住んでいましたから、図に描かれた天頂が天の北極であるとは限りません。そもそも、描かれているのはプリンスの「星」ですから、小惑星のひとつであって、地球ではありません。しかし、サンテックスの時代の知識体系からすればこれは火星と木星の軌道の間にある小惑星帯 * (メインベルト。1801年ケレスを発見。1900年以前に発見されたものだけでも463個)内のひとつであると考えられますから、恒星の位置関係に関しては地球で見るそれと変わりはないでしょう。しかし、火星軌道よりも内側の太陽系惑星4つ(地球を含む)は太陽に近すぎ、明けの明星・宵の明星となってしまいます。ジャケットの配置を満たす惑星は実在する可能性が高くなるでしょうが、そのようなシミュレーションを行える天文ソフトは出回っておらず(そもそも地球**が含まれません)、また、サンテックスがそのような星空を描けたとも思われませんから、検討対象から外しました。

* 小 惑 星

 すなわち、太陽系外縁のエッジワース・カイパーベルト(1943年にはじめて提唱)内ではない。木星軌道上のトロヤ群(1906年アキレスを発見)は含むべきであろう。

 1898年に初めての地球近傍小惑星「エロス」が発見され、その後も1942年の Le Petit Prince 執筆までに(アテン群以外の)数個 * が発見されているので、アポロ・アモール群も含めるべきかも知れない。
* 地球近傍小惑星
アポロ群(現在20個以上が登録されている)
アポロ(1932年)
アスクレピウス(1936年)
ヘルメス(1937年)
アドニス(1936年)
アモール群(現在1600個以上が登録されている)
エロス(1898年)
アルベルト(1911年)
アリンダ(1918年)
ガニメデ(1924年)
アモール(1932年)
チトー(1937年)

【視等級が6以上になる小惑星は9個ほどしかないから、もしサンテックスが地球近傍小惑星の存在を知っていたのなら、B-612 の候補に影響する。地球をかすめるほど近づけば、明るく見えるからだ。私が既に述べた「軌道も定かではない小惑星」(惑星に近づくとその影響を受けて小惑星の軌道が変わってしまう)とは、これら地球近傍小惑星(ただし、1909年に発見されたものはない。小惑星帯には同年中に18個の小惑星が登録されている)を示唆したもの。365日後に地球との相対位置が同じになる安定軌道の惑星/小惑星は存在し得ない(Le Petit Prince 中でも、1909年にただ一度だけ姿を見せたとされている。発見された後、行方不明になった小惑星は珍しくない)。それが可能になるのは、惑星に接近したために摂動を受けて軌道が変化する惑星軌道接近/交叉型の小惑星だけである。】


** 高山や高空では、空は青黒く、昼でも明るい星を見ることがあります。空気の層が薄いせいです。空気がない月へ行けば、明るい太陽や地球と共に、満天の星を観察できるはずです。
 サンテックスは夜間飛行の経験者です。空の青黒さや空気による散乱の少なさ、そのために起こる明るい空での星の視察を経験しています。当然、宇宙空間では、月や太陽のように明るい天体と光の弱い恒星とを同時に観察できることを知っていたはずです。ジャケットに描かれた大きな「星」が地球や月である可能性は否定できません。(光芒が描かれていないので、太陽は除かれます。)

 地球から見た惑星配置を検証するのであれば、描かれた絵がどれほどの視角にあたるのかも大きな問題です。画面右上のリングを持った「星」が土星であろうことはほぼ確実ですから、他のふたつが惑星の軌道中に納まる必要がありますが、それには画角が決まらなくては推定する方法がありません。通常の肉眼視角であれば、椚山さんがアルデバランと同定した星の位置に来る可能性がある惑星は水星か金星しかありません。それは極めて限られたチャンスしかありませんし、第一、明けの明星や宵の明星であれば木星よりも明るく、従って、もっと大きな丸で描かれるべきもので、ジャケットの絵と一致しません。

 地球からの観天であり、北半球・南半球のどの緯度でも良いという条件で、土星を基準として木星・火星が図のような配置になる日時があるかを、新しく手に入れた天文ソフトを使って改めて網羅的に検証しました。サンテックスに取っての記念日となる日々をまず調べましたが、これらの日々は候補に挙がり得ないことが確実となりました。条件を緩和してフリーランで惑星の運行を観察しましたが、三つの「星」の散らばりが、惑星群の軌道帯から外れすぎていて、絵にあるような配置になりそうにありません。

 椚山説は偶然見つけた星の配置がジャケットのそれに似ているというだけのことで、(「丸い星」が恒星を含むにしても)他の年月日をチェックしていません。椚山さんが主張するように、恒星を含んでも良いのであれば、組み合わせ候補は少なからずあり(1等級以上だけでも全天で45個)、図の配置になる「星」は木星とアルデバランに限らないのです。もちろん、氏が指摘する日時に限る理由・必然性はまったくありません。ひとつの可能性を提起するものではあっても、「定説」扱いするには、証拠があまりにも薄弱すぎます。私はアルデバラン説に賛成できません。

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Le Petit Prince 挿絵に登場する星と動植物の数
 
図番図 名ページ舞台太陽/
惑星/
小惑星
恒星植物/動物
0aB-612カバーB612 3 7F4,B1C 
0b王子表紙B612 12F3 M
1旅立ちB612P1A111F1,鳥11C 
3ウワバミ 7---ウワバミ
ケモノ
C 
4帽子 7----C 
5呑み込まれたゾウ 8---ウワバミ
ゾウ
 M
6王子の肖像11----C 
7-10ヒツジと小屋12---ヒツジ3 M
11崖の上の王子13T--- M
12B-61215B61238F4,B1C 
13望遠鏡と天文学者16-- 1- M
14トルコ服の天文学者17----C 
15スーツ姿の天文学者17----C 
16積み重なるゾウ20A- 3ゾウ9C 
17バオバブの芽を摘む王子21B612 1 5F6,B1C 
18三本のバオバブ23A-17B3C 
19夕日見る王子24B612S-FG7,FM1
FP9,穂3
 M
20バラ27B612 1 2バラC 
21バラと王子29B612--バラ M
22バラに水やる王子30B612S-バラ M
23バラを囲う王子30B612--バラC 
24トラとバラ31---バラ,トラ M
25バラにガラス鐘被せる王子31B612--バラ M
26火山を掃除する王子33B612S 4F2,バラC 
27王様36A 1 4-C 
28ウヌボレ屋40AS-F4C 
29大酒飲み41A- 2-C 
30実業家44A- 5-C 
31点燈夫49AS(赤) 4-C 
32地理学者52A- 2-C 
33砂漠に着地した王子55TS-
サボテン
C 
34ヘビと出会う王子59T- 1ヘビC 
35砂漠の花61TS-F1C 
36物見する王子63T--- M
37バラ達と出会う王子64T--R36C 
38キツネと出会う王子65T--B3,FG2,FP23
キツネ
C 
39狩人68T--B2C 
40キツネ69T--B1,F31C 
41泣き伏す王子71T--F27C 
4273(T)--B5 M
43井戸汲む王子77T--B2C 
44ヘビと話す王子83T--B1,ヘビC 
45砂漠行く王子87T--- M
46砂漠の星と王子88T- 1F1 M
47倒れる王子90T- 1-C 
48砂漠と星92T- 1- M

* Reynal & Hitchcock 版
 舞台の T は地球,A は小惑星。
 太陽/惑星/小惑星の S は太陽,P は惑星,A は小惑星。数字は判別不能。
 動物/植物欄の B は樹木,F は花(G:大,M :中,P 小),バラは B612 のバラ,R はその他のバラ。
 色欄の C は多色刷,M は単色刷。


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