『パタゴニアアンデスの秀峰』『地の果ての岩峰群』等々、ロッククライマー達の夢の聖地・トレッカー達の憧れの的として、フィッツロイ岩峰群は知る人ぞ知る秘境の山塊なのです。その「南緯49度の岩山群」の存在場所は:
クライマーとトレッカーの出発基地の町 El Chatlén から西へ、Fitz Roy 川を遡ると、Fitz Roy 山塊の南東端に辿り着きます。この先トレッキングならば2経路、直進して Torre 湖と、その水源である Torre 氷河に出れば、山塊の南から西に出ます。また、分岐点から路を北にとれば、Sucia 湖畔に着きます。岩登りをするには、Torre 湖畔から山塊のショルダーに登って、適当な場所にベースキャンプ・アタックキャンプを設営。

上の地図、緑色の枠で名前を囲んだのが、標高 3405m の主峰フィッツロイ Fitz Roy です。一列に並んだ峰々の中には、おなじみの名前が見つけられます。赤いアンダーラインを引いたのがそれで、北から、ギヨメ針峰 A. Guillaumet( A. は Aguja だろうと思います)とメルモーズ針峰 A. Mermoz。更に、主峰フィッツロイの南、山塊の中程に サンテグジュペリ針峰 A. Saint-Exupénry が屹立します。この3人、ジャン・メルモーズ, アンリ・ギヨメ, アントワーヌ・ドゥ・サンテグジュペリは、言うまでもなくラテコエール/アエロポスタル三羽ガラスの有名操縦士です。もちろん、これらの山に、この名前が与えられたのは彼らが有名になった後のこと(昔の名前が何だったのか、調べてみましたが、判りませんでした)。

私の感覚では「針峰」と呼ぶには抵抗があります。サメの歯にも似た板状なのです。でもまぁ、うるさいことは、この際、言わないことにしましょう。この山がサンテックスの名で呼ばれる所以は、Le Petit Prince に出てくる山に似ているからだという説があります。もしそうだとしたら、山の改名は、Le Ptit Prince が有名になってからと言うことになります。
| チャールズ・ダーウィンが進化論のアイデアを膨らませるに決定的な役割を果たしたビーグル号(帆船, 軍艦)による世界一周。そのダーウィンをビーグル号に便乗させた若い(26歳)船長がロバート・フィッツロイです。彼は世界一周の探検航海を3回行っており、ダーウィンを同行したのは第2回目でした。 |
| これらの岩山は花崗岩 granit で出来ています。サンテックスが「地の果ての岩峰群」に登ったわけではないので、Le Petit Prince 中で言っている“granit”がこれらの山塊のことを言っているのではありません。しかし、陸地を形作る岩盤が基本的に花崗岩質であることは知っていたでしょうし、彼の日常生活の中で接した大きくて硬い岩は(パリ盆地やコートドールで優良なブドウ畑を作り出す石灰岩ではなく)花崗岩だったことでしょう。“granit”は、地質学的な岩質を指しているのではなく、堅くて、ザラザラしていて、(大きな山塊のように)人が近づきがたい無機質なものを表現しているのだろうと思います。 |