アメリカの「星の王子さま」

出版史

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 The Littel Prince/Le Petit Prince を世に出したのはレイナル・ヒチコック社でした。サンテックスはフランスのガリマール社と専属契約を結んでおり、前借金もありましたから、戦争中の混乱があったにせよ、アメリカで他の出版社と勝手に契約を結んだことは問題がありました(連絡が取れなかったと遺産相続会が言い訳をしていますが、それは嘘です。時折、フランスの出版社から送金を受け取っていたのですから)。
 責任はサンテックスにあるのですが、死亡しているので、出版社が話し合うしかありません。2社の間で解決がもつれ、裁判沙汰になりました。1948年に決着がつきますが、同年に Curtice Hitchcock が死亡したこともあり、裁判に嫌気がさしていた Eugine Reynal は、出版権ともども会社をハーコート・ブレイス社に売り払ってしまいます。
 R&H,HB 両社共に(アメリカの多くの出版社がそうであるように)出版年月を明らかにしない主義ですし、ハーコート・ブレイス社に到っては嘘に近い記載までします。このことが挿絵や本文の変遷を追究する人々に誤解と混乱を招く遠因となりました。資料が不完全で細かな年代を確定できていませんが、現在推定できる範囲でのアメリカ国内の初期出版史概略年表をお見せします。

Reynal & Hitchcock, Inc と Harcourt Brace, & Company
出版略歴
推定出版年英語版フランス語版社屋所在地(New York)会社名
レイナル・ヒチコック社版(単独出版)
1943.4.6R&H 初版
第1刷
$2.00.-
 386 Fourth AvenueReynal & Hitchcock
1943.4.  R&H 初版
第1刷
$2.00.-
386 Fourth AvenueReynal & Hitchcock
1943. 第2刷 386 Fourth AvenueReynal & Hitchcock
1943.第3刷(grey cover 版に12月25日の書き込み) 386 Fourth AvenueReynal & Hitchcock
 第2刷386 Fourth AvenueReynal & Hitchcock
第4刷 386 Fourth AvenueReynal & Hitchcock
1944? 第3刷386 Fourth AvenueReynal & Hitchcock
 第4刷386 Fourth AvenueReynal & Hitchcock
 第5刷386 Fourth AvenueReynal & Hitchcock
1946(?)第5刷, $2.00.- 8th West 40th StreetReynal & Hitchcock
1947(?) 第6刷, $2.00.-8th West 40th StreetReynal & Hitchcock
1947(?) 第7刷, $3.00.-383 Madison AvenueReynal & Hitchcock
1947(?) 無番(8th West 40th Street)Reynal & Hitchcock
裁判裁定(1948)
レイナル・ヒチコック社(1948 HB 社に吸収合併)
1950(?)第6刷, $2.50.-  Reynal & Hitchcock
1951(?)無番  Reynal & Hitchcock
1952クリスマス無番  Reynal & Hitchcock
?無番 383 Madison AvenueReynal & Hitchcock
1954(?)無番 383 Madison AvenueReynal & Hitchcock
ハーコート・ブレイス社/レイナル・ヒチコック社版
挿絵は R & H 系のまま、配置を変更・一部左右反転。
背の下端と版権取得者名だけに Reynal & Hitchcock の社名。
1953(?)無番,$3.75.- 383 Madison AvenueH,B and Company
195656 K 383 Madison AvenueH,B and Company
195757 L, $3.75.-57 E, $3.95.-383 Madison AvenueH,B and Company
195959 M 750 third AvenueH,B and Company
1960?無番無番*750 third AvenueH,B and Company
* Brian Bauld さんの所持品で、表紙の色は灰色。販売価格は $3.95.-。
1960年 ハーコート・ブレイス社 社名変更
ハーコート・ブレイス社 改訂版?(1961)
1962? 無番750 third AvenueH,B and World
?無番 750 third AvenueH,B and World
? 無番, $4.95.-757 third AvenueH,B and World
1963?無番 757 third AvenueH,B and World
1965無番 757 third AvenueH,B and World
196868 W 757 third AvenueH,B and World
1969 69 K757 third AvenueH,B and World
1969年 ISBN-10 仕様決定・供用開始(2006年12月31日まで)
ハーコート・ブレイス社 ISBN 記載開始
197070 Z, $4.50.- 757 third AvenueH,B and World
197070 Z(AA) 757 third AvenueH,B and World
1971以降DD 〜 LL (FF:$5.95.-)MNOPQRST757 third AvenueH,B and World
1982OO 757 third AvenueH,B and World
ハーコート・ブレイス社 社名変更(1970年)
表紙デザイン刷新(挿絵は R & H 系のまま)
1987(?)NN OO PP QQ RR 757 third Avenue, N.Y.H,B and Jovanovich
?TT UU VV 115 Fifth Avenue, N.Y.H,B and Jovanovich
ハーコート・ブレイス社 General Cinema Corporation 社に買収される(1991)
出版部門 社名変更(Harcourt Brace & Company, 1993)
改訂新版・挿絵はガリマール系に変更
1990年代? WYZX15 East 26th Street, N.Y.H,B and Company
UU VV WW XX 15 East 26th Street, N.Y.H,B and Company
AAA BBB CCC 15 East 26th Street, N.Y.H,B and Company
BBB CCC 15 East 26th Street, N.Y.H,B and Company
FFF HHH III GGG EEE 15 East 26th Street, N.Y.H,B and Company
出版部門 社名変更(Harcourt, Inc., 1999)
改訂版(Richard Howard 新訳,Hong Kong で印刷)
挿絵は R&H 系に戻る
2000初版
(= A C E G H F D B)
 15 East 26th Street, N.Y.Harcourt, Inc.
2007年1月1日 ISBN-13 供用開始

 出版年は、書込みや出版社記載の暗号から推定したものですから、確定的なものではありません。
 本の価格や出版社の所在地はダストジャケットの折り返し部分に印刷されています。ジャケットが失われていれば所在地は確認できません。また、価格部分だけが切り取られているジャケットも多いのです。上の表は、出版年の推定ができ、かつ、ジャケットが残っているものの中から、節目の前後に当たる物だけを選び出したものです。所在地が不明でも、重要な年のものは載録しました。
 1947年出版と思われる、刷番号なし(8刷に相当?)のフランス語版の出版社所在地が、時代変遷と矛盾しています。6刷と7刷の間にこの無番版が出版されたと考えれば矛盾は解消されますが、それよりも、本体とジャケットが別物であると考えた方が無理がありません。ジャケットがすり変ったり、別のジャケットを着せられたりすることは珍しいことではないのです。出来る限り多くの本を集めないと、この種の議論は思わぬ落とし穴にはまり込んでしまいます。

 レイナル・ヒチコック社は 1933 年 Eugene Reynal と Curtice Hitchcock によってニューヨークに設立されました。その前年、二人は(別々に)サンテックスと会って、原稿を回してくれるよう交渉しています。(出版社を設立するに当って、どのような作家と繋がりを持つかは死活を握る重要な鍵になります。“Reynal”はフランス系であることを如実に示す名前ですが、人脈をたどって既に人気作家であったサンテックスに接触をはかったのでしょう。)
 レイナル・ヒチコック社は“short-lived company”(短命会社)と呼ばれることになる、僅か15年の存続でしたが、活発な出版活動を行いました。(ヒトラーの「我が闘争」なども出版しています。)

 レイナル・ヒチコック社は 1948 年にハーコート・ブレイス社に合併されますが、Reynal & Hitchcock という社名は、数年間存続したようです。つまり、ハーコート・ブレイス社傘下の子会社として経営されたのでしょう。1950 年代前半の数年間は、レイナル・ヒチコック社単独名で the Little Prince/Le Petit Prince を出版し続けます。
 少なくとも1953年には、表紙の背にだけ Reynal & Hitchcock の名を残すという奇妙な出版形態で改訂版が発行されました 1957 年になって、3rd Avenue のハーコート・ブレイス社本社に吸収されたようですが、この改訂版 the Little Prince/Le Petit Prince は、発行し続けられます。裁判所の裁定の結果まだ残っている出版権を最大限利用するためには、そうする必要があったのだろうと推測しています。
 1960 年?月、社名が Harcourt, Brace and Company から Harcourt, Brace and World に変ったのを機に、Reynal & Hitchcock の名は姿を消します。そして、おそらく暫定的な出版権(誤植でなければ、1961 年にも出版権の再取得を行っているようです)が消滅したのでしょう、1971 年、出版権を更改してガリマール系挿絵を持った新しいハーコート・ブレイス版が発売されました。

 ハーコート・ブレイス社は 1919 年、ニューヨークに設立されました。コロンビア大学の級友であり、Henry Holt 社の同僚(Alfred Harcout が編集長、Donald Brace が出版部部長)でもあった二人の共同経営です。教科書や人文科学系・自然科学系の比較的硬い分野が得意だったようです。やがて二人ともこの世を去り、1955 年、William Jovanovich が新社長に就任しました。その後、1970年には Harcourt, Brace and Jovanovich 社と名称変更します。1991年には General Cinema Corporation の参加に入り、1993年、出版部門の名称を Harcourt, Brace and Company に戻します。

 ハーコート・ブレイス社の The Little Prince/Le Petit Prince は、初期のものを除いて資料価値がなく、出版系列も複雑ですから、蒐集を避けております。上の表には手持ちの中から、ハードカバーの 8vo 版だけを拾い上げてその変遷を掲載してあります。
 社名が頻繁に変り、本社所在地も、 San Diego に移ったり、フロリダ州の Orlamd に本部を設けたりしたようでし、London にも支社があった時代があります。最近は Hong Kong にも別会社を作り、世界中に展開をはかっています。煩雑になりますから、表の所在地は New York 市の地番だけを記載しました。

 現在ハーコート社は、科学分野の出版で世界最大手の Elsevier 社(本社:ドイツ)の傘下に組み込まれています。


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