ガリマール社の失策

p. 64 の秘密

hair line

 はじめに、本を印刷する上でのページ割りについて知っておいていただいた方が良いでしょう。
 印刷機には通常、A紙とかB紙とかの大きな原版(A系列は1平方メートル,B系列は1.5平方メートル。)を用います。片面に8ページまたは16ページ分を、一度で印刷するのです。裏にも同じように印刷します。次の、「折り」と呼ばれる工程では人手が頼りです。そのため、人手で扱いやすくするために、原紙には、頭を付き合わせる形で同じものを印刷しておき、半分に裁断してから「折り」に回すのが普通です。

logo

16ページ折り
 判りやすいように、1丁16ページを1枚の紙から2丁取る例を示します。(右綴じ用の配置です。)
 数字はページ番号。数字がひっくり返っているのは逆さ向きに印刷することを表します。一旦印刷した後、紙を返して裏面にも同じものを刷ります。つまり、1ページの裏には2ページが刷り込まれることになります。
 刷り上がったら、中央の点線部分で切断します。まったく同じものがふたつ得られるわけです。あとは順番に折り込んで行きます。どうのように折ったらよいか、考えてみてください。1ページと16ページの間が背丁と言って、綴じて糊付けする部分になります。
 この取り方では裏と表を同時に刷るので、カラー印刷を表面だけに集めてコストダウンをはかることはできません。カラー印刷が混じる場合は、同じ内容のものを2丁分頭をつきあわせて刷り、裏返して、それぞれに対応する裏面を刷ります。こうすれば、4回刷り重ねなければならない表面と、一回の墨刷りだけで済む裏面とを分けることができます。

 刷り上がった紙を、真ん中から半分に折ります。更にそれを半分に折り、もう一度半分に折ります。これで、裏表あわせて16ページ分ができあがります(小さな本では更にもう一度折って32ページにします)。これが「丁」と呼ばれる単位になります。(「落丁・乱丁はお取り替えします」という文章を読んだことがおありでしょう? あの「丁」です)。

logo

仮綴の背が剥がれてしまった古い本。判りやすいように丁をずらして撮影。

logo

綴じ部分の拡大図。

 乱丁が一目で判るように、背丁には黒いマークが印刷されます。順番通りに整えられていれば、このマークが順序よくずれて列ぶのです。順序通りに丁を重ねて、糸で綴じます。(糸で綴じず、糊で接着してしまうのが「無線綴じ」です。)

 さあ、そうすると、最初に印刷するときには、各ページはあちらこちらばらばらに、しかも、上向きだったり下向きだったり、複雑な配置で印刷されなければならないことが判りますね? コストの問題と色透けの点から、何度も印刷を重ねなければならない色刷りの挿絵は、この丁の表面だけに配置します。文字の増減は順送りで次のページに配置すればよいのですが、挿絵はそうは行かないことがあります。隣のページにずらすと、裏面に印刷しなければならず、コストがはね上がる場合が出てくるのです。このことを憶えておいてください。


logo

泣き伏す王子。
左:ガリマール1945年版,右:ハーコートブレイス版。

 「泣き伏す王子」の絵です。ガリマール版では奇数ページ、ハーコートブレイス版では偶数ページに配置されているのが判りますね?(実は、レイナル・ヒチコック版ではこの絵は p.71 つまり、奇数ページに配置されています)。 問題は絵の下に描かれたキャプションです。「そして、草の上にころがって泣きました。(Page 64)」とあります。

logo

 Page 64 とは何でしょう? 最初の説明を思い出してください。挿絵が本文と同じページに入らなかったとき、次のページに配置できるとは限らないのです。この「泣き伏す王子」の絵は本文から随分離れた位置に配置されてしまいました。そこでレイナルヒチコック社は、読者のために、「この絵の本文は64ページにあります」と説明を入れたのです。
 フランスはメートル法を採用していますから、ガリマール版は現在の ISO 規格と同じ寸法の紙を使っています。アメリカはいまだにインチ・ポンド・ガロンという独自の度量衡を使っており、紙の規格も異なります。レイナルヒチコック社が使った紙は、メートル法のものではありません。つまり、レイナルヒチコック版とガリマール版は、判形が異なるのです。Le Petit Prince 初版であるレイナルヒチコック版に較べると、ガリマール版は横幅が狭くなります。そうなると、一行あたりの文字数が違ってきます。大きな絵は縮小するか、周辺を切り落とすかせざるを得ません。
 ガリマール社は苦労しました。文字数に関しては、1ページ当たりの行数を増やすことで、何とか似たような体裁を整えました。絵に関しては、縮小したものと、端を切ったものと、両方あります。苦労に苦労を重ねて似たような構成にしたのですが、そもそも出発のページ数に2ページのずれがありました。そのため、レイナルヒチコック版では64ページにあった「そして、草の上にころがって泣きました。」という本文は、ガリマール版では66ページにずれ込んでしまったのです。それなのに、ガリマール社はうかつにも、挿絵のキャプションをそのままコピーしてしまいました。編集者としてはかなり恥ずかしい初歩的なミスですが、それだけにはとどまらない問題が発生したのではないかと思われます。
 ガリマール社は Le petit Prince の著作権のことでレイナルヒチコック社ともめごとを抱えていました。その中で、出版を強行した形になります。この Page 64 の失策は、ガリマール社が原稿から組版みをしたのではなく、レイナルヒチコック社の出版物の、事実上のデッドコピーを発売したということを意味します。言い逃れのできない大失態です。ついには裁判にまでもつれ込んだレイナルヒチコック社とのいさかい上も、極めてまずい事態に追い込まれることになりかねません。このことに気づいたガリマール社は、この1945年版の発売を諦めたか、あるいは、既に発売しかかっていたものを回収するかの措置を取ったのではないかと私は想像しています。【別項“幻の1945年版”】

 1946年以降の版は、明らかに活字の拾い直しをしています。(件のキャプションから p.64 は消えました。何よりも、本文中の“入り陽を眺めた回数”が一回減って、43回 になりました)。ガリマール社の初版は1946年ということになっています。1945年版の存在を、ガリマール社は認めていません。

hair line

 第12章「飲兵衛の星」(原書 p.42-43)は、僅か16行の短い章です。サンテックスはこの章を1ページに収め、飲兵衛の挿絵の中に組み込むつもりだったのではないかと思います。しかし、思惑通りには行きませんでした。このカラー挿絵は p.41 に回されて「うぬぼれ屋」と(両者とも向かって左を向いていますから顔を合わせはしませんが)向かい合わせになり、あろう事か、そこに印刷された本文は第11章「うぬぼれ屋」の中 1/3 です。身勝手で気難しいサンテックスが、よくこのアレンジを諒承したものと感心してしまいますが、ひょっとしたらサンテックスは、挿絵も含んだ最終ゲラをちゃんと校正しなかったのかも知れません。

 ガリマール版はこの点も(2ページずらせて)忠実に再現しました。

hair line

トップページに戻る
総目次に戻る

ホーム

hair line