王子さまはどちらを向いてる?

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 どらねこ工房の弱視者用大活字本では、扉の「旅立つ王子」の挿絵が左右逆転しており、左綴じのこの本にとっては物語の進行と一致して都合が善いということは既に指摘しました。ディジタル機器が発達した最近ではもうお目にかからなくなりましたが、文字どおりの「写真製版」が行なわれていた時代には、いわゆる「裏焼き」と呼ばれる、上下・左右が逆転した絵が印刷に回されてしまうことが時々ありました。抽象画でない限り上下の逆転は校正段階で簡単に見つけられますが、左右の逆転は原図と見比べなければ判らないことが多いのです。ゲラ刷りでも図表は空白のままで別に刷られることが多いので、ますます発見が困難です。
 岩波書店の「星の王子さま」2010 版(新書判)をお持ちの方は、34ページを開いてみてください。「夕陽見る王子」の絵があります。左端に夕陽が沈んで行くのを右端の王子が眺めていますね? これが実は「裏焼き」なのです。同じ岩波書店版でも、色刷りになった菊判の方は、夕陽は右に沈んで行きます。* こちらの方が(色が付いていることを除けば)原画に忠実です。

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夕陽見る王子。
左:岩波 お話の本シリーズ版,右:岩波 2010 版。

* 太陽系の惑星類は地球と同じ自転方向を持つものが大部分です。だとすれば、「夕陽見る王子」に描かれた星が北を上に描かれていると仮定すれば、向かって左が西の方角となり、太陽は左側に沈むのが自然な現象といえます。うっかり「裏焼き」にしてしまった人も、知らず知らずの内に、このような「常識」に支配されているのでしょうね。

 Le Petit Prince の挿絵はサンテックス自身が描きました。ゲラ刷りの校正も自ら行っており、挿絵に関する指示や訂正等も出しています。当然、物語の進行と挿絵内容とは密接な関連があります。**
挿絵は物語の進行そのものにも重要な役割を担っています。たとえば、人気が高い「王様」の絵は、偶数ページ(左側のページ)で向かって左を向いています。左綴じの本を読み進んで新たなページを開いたとき、開きつつあるページの中でこちらを向いた王様が現れ、読者を迎えてくれるのです。つまり、読者は王子と一緒に旅をして、王さまに出会うことになります。同じように、ページを開いたとき、読者は王子と同じ立場になって、沈む夕陽を眺めます。そのためには夕陽は右側に沈むのが物語の進行としては自然なのです。同じ夕陽が、「点灯夫」の星では向かって左に沈みます#。王様と同じく、ページをくったとき読者はこちら向きの点灯夫と顔を合わせる趣向です。夕陽を追って仕事をする点灯夫を向かって左に向かせるためには、夕陽は左に沈まなくてはなりません。
 岩波版のように右綴じでは、いろいろな点で都合が悪く、流れにうまく乗れません。

**  不自然なものもあります。その最たるものが「王子の肖像」の出現場所です。これについては拙稿拙稿“論考/考究”の“なぜ Petit なのか”をご覧下さい。

#  朝日だと思っている人もいますが、あれは夕陽です。点灯夫が持つ点火棒に炎がともっていますね? 消灯するのなら点火棒は要りません。

 実際にそれぞれの絵がどちらを 向いているかを調べてみましょう。参考にしたのはもちろん、Reynal & Hitchcock 版です。唯一サンテックス 自身が校正を行った版なのですから。

星の王子さま挿絵
図番号図 名Reynal &
Hitchcock
Gallimard向き備考
0B-612カバー・表紙カバー・表紙 
1旅立ち 
2ウワバミ→← 
3帽子(→) 
4ゾウ10←→ 
5王子の肖像1113(←) 
6ヒツジ11214 
7ヒツジ21214 
8ヒツジ31214 
9ヒツジ小屋1214 
10崖の上の王子1315 
11B-6121517 
12望遠鏡と天文学者1618 
13トルコ服の天文学者1719(→) 
14スーツ姿の天文学者1719(→) 
15積み重なるゾウ2022 
16バオバブの芽を摘む王子2123 
173本のバオバブ2325 
18夕陽見る王子2426 
19バラ2729 
20バラと王子2931 
21バラに水やる王子3032 
22バラを囲う王子3032 
23トラとバラ3133 
24バラにガラス鐘被せる王子3133 
25火山を掃除する王子3335 
26王様3639 
27ウヌボレ屋4042 
28大酒呑み4143 
29実業家4446 
30点燈夫4951 
31地理学者5254 
32砂漠に着地した王子5557 
33蛇と出会う王子5961(←→) 
34砂漠の花6163 
35物見する王子6365 
36バラ達と出会う王子6466(←) 
37キツネと出会う王子6567(→←) 
38狩人6870 
39キツネ6971 
40泣き伏す王子7173(←→) 
417375 
42井戸汲む王子7779 
43蛇と王子8385(←→) 
44砂漠行く王子8789 
45砂漠の星と王子8890(←→) 
46倒れる王子9092 
47砂漠と星9294 
備考・特記 : 矢印の向きが、その挿絵が意図している方向を表します。ただし「↑」は上向きではなく、正面または(花のように)中立な方向性を表します。ふたつのキャラクターが別の方向性を持つ場合は矢印もふたつあります。
 顔の向きと体の向きが逆になっているものもあります。猿や人間にとって顔は非常に重要な意味を持つ情報源なので、その分を考慮してあります。指さしも同じ扱いにしました。
 ICARE に載録されているサンテックス手書きの絵を見る限り、人物が向かって左を向いていることが多いようです。サンプル数が不十分なので統計検定を行ってはいませんが、サンテックスにそういう癖があったのは、まず間違いのないところでしょう。その分を割り引いて考える必要はあります。
 R&H 版と Gallimard 版では、原則として2頁のずれがあります。ノンブルの打ち始めが2頁分違うのです。緑色の数字で示したページはその原則が崩れています。

 一番不自然なのが最初に出てくる「旅立つ王子」です。物語は右へ向かって進行するというのに、王子は左へ旅立ちます。これはどうしても納得できません。Le Petit Prince という書名は扉の正面(奇数ページ)に据えるのが慣習ですから、見開きで空いているページを使うためには、このようなデザインにせざるを得なかったのでしょう。それにしても、凝り性なうえ我侭勝手で、自分の意見を押し通したサンテックスがこの配置に同意したのは不思議です。本当の原画は左右逆転しており、サンテックスはこの扉の刷り上がりを見ていないのではないかと想像したくなります。


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