著者は臨済宗のお寺の副住職であると同時に、大学で英米文学を講義し、禅を紹介するためにアメリカへの講演旅行なども行なっている人です
著者は共同通信社フランクフルト支局長で、ドイツやユーロ共同体に関する著書があります。
グレン C. エレンボーゲン 編,篠木 満 訳,星和書店,1987年11月22日,¥2,400.-,ISBN 4-7911-0165-0
「卓越した新療法家のための参考書」と副題を打っていますが、あまりまじめな本ではありません。全307ページ中にほんの一項、「『星の王子さまの症例』に関する臨床的注釈」と題する分量3ページの項目があって、王子の診断名は“妄想型精神分裂病”なのだそうです。他の部分も、本気で読むに値しません。
☆星の王子さま禅を語る☆
重松 宗育 著,筑摩書房,1988年8月30日,¥1,000.-+税,ISBN 4-480-84188-1
清水市で毎月一回開いた「本当の自分に出会う講座」を活字化した本とのこと。逃げ出した牛を探し出し、連れ帰るまでの出来事を例にとって禅の心を解説する「十牛図」になぞらえて、10章に分ったそれぞれの章に、「星の王子さま」から採った言葉を置いて禅の心を解説します。特筆すべきは、英語版の“The Little Prince”から、著者が自分で日本語訳した言葉を使っていることです。フランス語版からの直訳でないのは残念ですが、Katherine Woods さんの英語訳はフランス語版の内容を忠実に伝える名訳として名高い作品ですから、首を捻ってしまう箇所が多い内藤 濯さんの日本語訳を使うよりはずっとよいと思います。
「禅」にまったく縁がなかった人は、一読してみれば禅の「上面の、そのまたうわつら」くらいは撫でることができるかも知れません。「星の王子さま」のことは忘れて、禅入門の手引き第一歩として軽く読んでみようかという人にならばお勧めします。
それでは「パクリ本」に分類するのはなぜでしょう? 星の王子さま「禅を騙る」というべき内容だからです。 【名誉棄損で訴えられそうなことを軽々しく書いていますが、この手厳しさが私の「存在理由」(この日本語訳を私は好きではありません。「存在価値」と訳すべきだと思います。)なのですから、お許しを願って話を続けます。】
まず第一にこの著者は、「星の王子さま」の読み込みが足りないのではないかと思われます。たとえば「すっかり花嫌いになった王子さまは、自分の星を捨てて、宇宙へ旅立ちました」と著者は言います。納得できる話ではありません。どこをどう読んだら王子さまが「すっかり花嫌いになった」と解釈できるのでしょう? 「星の王子さま」の内容が別物になってしまいます。また、引用された「星の王子さま」の部分と、禅の解説内容との必然性がないか、極めて稀薄です。結局のところ、禅を解説するためならば「星の王子さま」以外にもっと適切な材料が他にあり、「星の王子さま」を理解するためならば禅は必要がないという、空中分解状態が貫徹されてしまうのです。これでは、禅をひろめる「方便」として、ブームに便乗して「星の王子さま」を引っ張り出したに過ぎないことになってしまいます。「パクリ本」以外のなにものでもありません。
書物を上梓するにあたってこの著者は、少々慎重さを欠いていたようです。著者は第五章でサンテックスの言葉を引きます。「愛するということは、お互いの顔ではなくて、いっしょに同じ方向を見つめることだ」。前後の説明から、著者が英語版の原書(Wind, Sand and Stars)を読んでいないことは明らかです。では、フランス語版かその日本語訳を読んだのかというと、そうとは考えられないのです。おそらくは、サンテックスの言葉を集めた本からこれを拾い出し、誤解をしたまま引用しているのだと思われます。なぜならば、「愛する二人にとって本当に大事なのは、」と、ピント外れなことを言い始めるからです。
原書を一読すれば誤解の起ころう筈はないのですが、この「愛」は、死と隣り合わせの戦場で生まれた戦友同士の連帯感や兄弟愛のことです。男女間の性的な「愛」とは無縁の内容をサンテックスは述べています。![]()
山本武信 著,共同通信社,2000年2月27日,¥1,600.-+税,ISBN 4-7641-0448-2
内容は現代文明に対するアフォリズムで、前半はギリシャ哲学、殊にディオゲネスを主題に、後半はEU統合を主題にとって持論を展開します。ジャーナリスティックでかなり饒舌ですが、少々上滑りなところも見受けられます。宇宙論はあまり得意とは思われない分野のようですし、“エントロピー”と“ホメオスタシス”という言葉は、正確に理解できているとは思われません。専門のはずの哲学の分野でも、「ここは当然ヴィトゲンシュタインを引用するのが適当」と思われるのに、その名前がでてこなかったりします。お得意な分野に少し片寄りがあるようです。
なぜこの本が「パクリ」なのかというと、サンテックスを引用する必然性が全くないのです。所々でサンテックスの文章の断片が引かれますが、サンテックス以外でその部分にぴったりな作品は他にいくらでもあります。また、無理に引用をしなくとも、地の文だけで充分に意味が通じる内容なのです。つまりは、サンテックス生誕100年にあわせて、「星の王子さま」を強引にはめ込んだ形の、些か賎しい思惑が見え見えですから、少々酷かも知れませんが、あえてパクリ本に分類しました。内容そのものは結構まともな(むしろやや高級な)教養本です。
最後の第9章を「砂漠が語りかけるもの」と題して、ややサンテックスへの傾斜を深めてはいますが、これとても、必然性にかけることは否めません。折角の内容なのですから、無理に営業の企画に合わせたりせずに、本当に書きたいことをのびのびと書いたらよかったのにと悔やまれる本です。
蛇足ですが(とは言え、これが一番重要だったりして....)、ハイデッカーが「『Le Petit Prince』は20世紀における最も優れた実存哲学書のひとつだ」といって、来る人来る人に勧めているという話を、この書物のあとがきで初めて知りました。『Le Petit Prince』が推奨に値する書であることはまったく疑いがありませんが、あの幻想的な物語を「実存の書」といわれたのでは、少しばかりめまいを覚えてしまいます。非科学的・非理性的でありさえすれば人間の実相を表すというわけではないでしょうに。ハイデッカーの実存哲学とは一体何だったのでしょう? 「麒麟も老いては.....」という言葉を思い出してしまいます。![]()
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