英語で desert は、植物が育たない「荒地」のことです。「砂漠」は desert の一種ですが、 desert = 砂漠 ではありません。多くの日本人が「砂漠」と聞いて思い浮かべる、砂丘が続く「月の砂漠」の光景は、砂沙漠 sandy desert といいます。【因みに、1923年に発表された 加藤まさを 氏の童謡の原作は「月の沙漠」です。】

「砂漠」と書くのは、本来の文字遣いではありません。正しくは「沙漠」です。「沙」は、岩石が砕けてできたもの、つまり礫や砂のことで、保水力がほとんどありません。「漠」は、水が無い光景が果てしなく広がる状態を表します。沙漠は「砂沙漠」ばかりではありません。ごつごつと岩肌ばかりが連なる「岩沙漠」や敷き詰められたように岩屑が続く「礫漠」(ふたつ合わせて岩石沙漠)。ほんの僅かなお湿りが降る雨期以外は、緑が見られないステップ気候の「土漠」。それぞれが“desert”なのです。場所によっては雨期には豪雨が降り、洪水になる砂漠もあります(涸れ川が残ります)。
沙漠は「不充分な降雨あるいは土壌の乾燥が原因で植生がきわめて少ないか、あるいは欠如している地域」と定義されています。川や湧き水のような水源がなく、降水に頼っている地域では、蒸散量が降水量を上回る場合に地表の乾燥化が起こります。植物がまともに生育できなければ、沙漠と呼ぶべき土地になります。沙漠には「暑い沙漠」と「寒い沙漠」がある。知っていました? 沙漠はいろいろな観点から分類できます。
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熱暑沙漠といえども、夜は冷えます。放射冷却のせいです。ある程度以上湿度が高ければ、霜も降ります。岩の割れ目にある水分が凍ることだってあるのです。防寒対策を取れなければ、遭難者は凍死してしまいます。そもそも、サハラ東部やアラビア半島北部では雪が降ることは異常ではありません。 「フェネックは沙漠の動物だから寒さには弱い」という議論を見ることがありますが、とんでもない。少々の寒さにはびくともしません(強いていうならば、むしろ暑さに弱いと思われます。大きな耳は放熱器としての役割を果たしますが、気温が体温に近づいたり体温を超えたりすると、効果は期待薄です。水分代謝が極限にまで切り詰められていますから、保温性の高い体毛と相俟って、積極的な冷却機能が貧弱です。夜行性なのはそのためでしょう)。極寒酷暑に耐えられなくては、沙漠で生きてゆくことはできないのです。
昔、自由主義陣営と社会主義陣営が朝鮮半島を舞台に激突したことがありました。押されたり押し戻したり、死闘が繰り返されたのです。その朝鮮戦争の最中、中国が義勇軍を送るという形で参戦しました。国境を越えて陸続と送り込まれる輸送部隊を最初に発見した国連軍(実態はアメリカ軍)の偵察機からは、詳細な報告が司令部に送られました。実に様々な動物が荷物を背負って隊列を組んでおり、その中に「ラクダもいる」という言葉が混じっていました。報告を聞いた偵察司令部員は、「ラクダは暑い地方の生き物だ。雪と氷の中朝国境にいるわけがない。この偵察機は練度が低い。」とせっかくの第一報を握りつぶしてしまいました。この対応の遅れが、国連軍が釜山周辺まで追いつめられ、マッカーサーが原爆の使用許可を大統領に具申する事態に至る原因となります。幸いにも、原爆使用の具申は却下されました。有名な仁川逆上陸によって戦況は再逆転し、38度線近辺での膠着とやがて結ばれた停戦に至るのです。この代理戦争による大量の戦死者と、郷土を踏み躙られて逃げまどう住民にとってこの上ない悲劇でした。 |
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世界最大の砂漠はサハラ砂漠で、東西約 5000 km, 南北約 1600 km, 広さは約860万 km2。西は大西洋から東は紅海まで、北アフリカを横断します。サハラ砂漠の約15%が砂沙漠、約70%は礫漠(reg)・岩沙漠(岩山を含む)、 他は土漠。大きな岩山【アルジェリア南部;Ahagger (Hoggar) 2700 m 級,チャド北部;Tibesti Massif 3300 m 級,ニジェール北部;Aïr Mountains (Azbine) 1800 m 級】もあり、礫や砂の供給源になっています。
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沙漠面積第2位はアラビア半島にあるアラビア砂漠 233万 km 2,第3位はゴビ砂漠130万 km2。 世界最大の「砂沙漠」は、(多分)アラビア半島のルブアルハリ砂漠 Rub'al-Khali desert(別名アラビア砂漠 Arabian desert)。(長さ 1000 km, 幅 500 km。 フランス本土に匹敵する 50万 km 2 が砂沙漠) 同じく最大の「岩石砂漠」は(これまた多分)ゴビ砂漠。 |

サンテックスが1年半勤務したジュビー岬はサハラの西端、サハラの砂が大西洋に沈んでゆく地点にあり、北東の風(ハルマッタン)が強い時期には熱暑沙漠の、逆に西風が吹けば霧が出て海岸沙漠としての様相を呈します。サンテックスはここでフェネックを飼ったといわれています。(サンテックスはフェネックを飼ったか? )


サンテックスが遭難して九死に一生を得たリビア砂漠 Libyan Desert (エジプトではナイル川を中心にして、西部砂漠/西方砂漠 Western Desert という別名がある)は、リビア・エジプト・スーダンにまたがるサハラの東部分にあります。典型的な熱暑沙漠ですが、高い岩山もあればオアシスもあり、海抜高度が海面以下の低地もあります。【“サハラの東部分”にはリビア砂漠の他に、スーダン北西部のヌビア砂漠 Nubian Desert と、紅海とナイル平野に挟まれたアラビア砂漠 Arabian Desert (ややこしいことに、アラビア半島にある沙漠も Arabian Desert といいます。そのためアラビア砂漠と呼ぶのを避けて、東部砂漠 Eastern Desert という、エジプトでの別名が使われることも)があります。】
サンテックスはここリビア砂漠でも墜落事故を起こし、あたりをさまよう内にフェネックの足跡を見つけています。(フェネック足跡 )
「サハラ」Sahara は現地住民の言葉で「荒れ地」を意味しました。同じく、サハラ南のステップ地帯(半砂漠)を「サヘル」Sahel といいます。
緯度 20°- 30°には高気圧が居座ることが多く、亜熱帯高圧帯(中緯度高圧帯)とよばれます。安定した晴天が続き、雨が降り難いため乾燥化が進みます。世界地図を眺めると、南北半球のこの緯度には、ずらりと沙漠が並んでいます。
3〜5月、地中海や南ヨーロッパに低気圧が発生すると、熱せられたサハラから地中海へ向かって強風が吹きます。この乾燥熱風が「ハムシン」Khamsin で、凄まじい砂嵐となることが珍しくありません。ハルマッタンがサヘル(サハラ南辺)に砂を運ぶのに対し、ハムシンは砂嵐となってアフリカの北岸地帯に砂を運びます。ハムシンがヨーロッパの地中海沿岸部に届けば、シロッコ Sirocco と呼ばれます。海上で水分を供給されますから湿った熱風となり、東北アジアの黄砂のように細かな砂塵を含みます。
また、サハラやアラビアの沙漠に吹きまくる砂嵐はシムーン Simoon と呼ばれます。【サンテックスが2度も買い込み、その都度、賞金稼ぎの長距離飛行に飛び立って、墜落事故で2機とも潰してしまった飛行機の愛称がシムーンでした。】





沙漠の南北には半砂漠のステップ気候帯が位置します。地球の歳差運動による太陽高度の変化にしたがって高気圧帯が南下・北上するため風が吹き込んで湿り気をもたらし、乾燥が和らぐためです。場所によっては雨期となります。他に較べてサハラが異様に広いのは、この緩乾期を生ずる地域が狭いためです。
冬のヨーロッパは、寒く乾燥した日々が多くなります。上空に優勢な高気圧帯(東アジアのシベリア高気圧に相当)が形成されるからです。この高気圧は周りに風を送り出します。上空から吹き下ろす乾いた風は右へ右へと向きを変え、地表に突き当たると、南西方向への強風となってアフリカ北岸から内陸へ吹き抜けます。
上空では冷たかった気温も、フェーン現象によって随分和らいでいます。乾いた風は地表からなけなしの水分を奪い、地面から熱を吸収した乾燥風となって、サハラを南西に向けて吹き抜けるのです。本来ならばサハラ北辺に雨をもたらすこの時期に、最も厳しい乾燥が約束されてしまうわけです。この季節、サハラ北部の気温は(比較の問題に過ぎませんが)少し凌ぎやすくなります。サハラのオアシス都市やサヘル(サハラ南辺)一帯に住む人々は、この強風を「ハルマッタン」Harmattan と呼びました。サハラの乾期をつくり出す季節風(11〜3月)です。湿って蒸し暑い南西の風に較べると、気温も湿度も凌ぎやすいので、ハルマッタンを“doctor”という別名で呼ぶ地域もあります。
高気圧の移動と現地地形に伴って地表の風向きは変わります。
温度・湿度が異なるふたつの風がぶつかり合う赤い線の部分
では雨が降り、熱帯雨林を形成します。 
ソース:NASA
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