
☆ルイーズ・ド・ヴィルモラン☆
サンテックスを翻弄した白百合

ルイーズ ルイーズ・ド・ヴィルモランの生涯
ジャン・ボトレル 著/北代 美和子 訳
Grasset/東京創元社
サンテックスの回りには女性の影が絶えたことはなく、貴族階級出身者も多いのですが、その中でも極め付きの一人、絢爛華麗な生涯をほしいままにした女性です。(母親の血を色濃くひき、成熟してからは世界中の有名紳士や王族を総なめにします)。
サンテックスの婚約者、と言うよりは、彼女の婚約者の一人がサンテックスでした。サンテックスより2歳年下(1902年4月4日生まれ)。僅か半年で婚約を解消してサンテックスを捨て去り、彼に深い心の傷を残しました。親の目を盗んで婚前旅行までしたのに思いを遂げることはさせず、サンテックスを翻弄したことで、バラのモデルの一人に数えられます。【見かけとは裏腹に、若いときから男達を手玉にとるしたたかなあばずれと思われていますが、サンテックスとつきあっていた頃は意外にも身持ちは堅く、最初の夫ヘンリー・ハントと1925年3月7日に挙式した段階では処女だったそうです。後年「スケコマシ」でならすサンテックスも、堅気のお嬢様を相手にするにはこの時期まだ修行不足の駆け出しで、よいようにあしらわれていたということでしょう。】
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ヴィルモラン商会

メジスリー河岸通りに面する売店部門の全景。
突き出た緑色のテントが西端のペット部門。
手前の角が出入り口。広い 店内には植木鉢その他もある。

現在は閉じられたままの正面入り口。ルイーズが
居た頃そのままの、メジスリー河岸通り6番地。

ルイーズが「種売り」と自嘲する理由:
ヴィルモラン商会の主力商品だった作物類の種。

現在は植物だけでなくペット類も。
ルーヴル宮にほど近いメジスリー河岸通りに店舗を持つヴィルモラン商会は、農業と園芸界に君臨するトップ企業である。ルイーズが自嘲したような単なる「種売り」「苗売り」ではなく、植物学や農作物の研究とその実践にも意欲的で、歴代の家系中から農業アカデミーに9名もの会員を輩出している。その栄光は、1786年8月24日サン・ルイの祝日の夜、王妃マリー・アントワネットが馬鈴薯の花飾りを身にまとって現れたことに象徴される。多くの誤解や妨害に苛まれながら、救荒作物としての馬鈴薯を初めてヨーロッパに認めさせるきっかけとなったエピソードである。この農業革命の推進にヴィルモラン商会は主導的な役割を果たした。以来、ヴィルモラン家のヴェリエール・ル・ビュイソンの試験畑は、農業と植物学会にとっての聖地的な存在となる。ヴィルモラン家はヴェリエールの地に広大な敷地と城館を有し、一族の拠点の一つである。後にルイーズもこの地で多くの時を過ごすこととなる。
母との確執
父親はルイーズを溺愛し、世界中の旅行先から手紙や土産物を送ってくれた。その父親を15歳で亡くし、
ロシナンテの美少女
若者達のアイドル
もうひとりのバラのモデル
王子はバラの気位の高さや、身勝手で気まぐれな要求に振り回される。この点では、コンスエロよりもむしろルイーズの姿が彷彿と浮かび上がる。<未完>
ただし、決定的な違いがある。バラとのつきあいに疲れ果てて、王子は星を後にする。つまり、王子の方がバラを捨てるのである。ルイーズに関しては、事実は全く正反対、甘い密会【ルイーズはこの密会でサンテックスを見限ったと言っている。サンテックスは一方的に飛行機の話ばかりを喋りまくり、彼女から愛想づかしを喰うことになる】のすぐ後で、理由もわからないまま婚約を解消され、逢っても貰えない冷酷な仕打ちを受けたのはサンテックスの方である。ルイーズは旅行と称して、彼の前から姿を消してしまう。
社交界の女王
皮肉にもルイーズは、嫌いだった母親の血を色濃く引き継ぐ娘であった。
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