潮溜り

サンテックスと
そのゆかりある人々が生きた時代

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ネリー・ド ゥ・ヴォギュエ/B夫人
サンテックスの白いバラ


運命の出逢い
 南方郵便機原稿。

一線を越えた日
 リヨン駅からディジョンまで、二人だけのコンパートメント。暮れなずむ街の灯火をカーテンで遮って........。

陰の正夫人
 運命の非情に耐えて。

母を演ずる
 甘えと癒しを求め、代用母に抱かれて少年時代へ回帰するサンテックス。

巨大な庇護者 − もし「B夫人」なかりせば −
 「エジプトはナイルの賜物」という。ヘロドトスの言葉を模していうならば、「サンテックスはB夫人の賜物」である。この婦人なくしては、彼の作品群はあり得ない。そもそも、作家としての、そして、ニューヨーク時代以降の、操縦士としてのサンテックスは存在しなかったろう。<未完>

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Antoine de Saint-Exupéy
Pierre Chevrier 著
 Pierre Chevrier という男性名のペンネームですが、筆者はあのB夫人です。サンテックスへの想い黙し難く、彼の伝記を世に出しました。不倫と非難されてもしかたのない間柄でしたから、存在を世に知られては、せっかく国のために命を捧げたとされている彼の名誉に傷を付けかねません。本名はおろか、(興味本位で筆者の正体を詮索されかねませんから)女性名を使うことさえはばかられたのです。
 表立って連れ添うことは叶いませんでしたが、サンテックスと彼女との絆の靭さを思えば、B夫人こそがサンテックスの本当の「妻」だったと言うべきではないでしょうか。彼の死後、遺言によって、出版権その他作品の管理は彼女が一手に引き受けることになりました。最近でも、サンテックス協会に寄せられる質問のうち、彼の私的な部分に関する内容は、すべて彼女が直接返事を書いていたということです。


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On ne revient pas
Hérène Froment 著
 Hérène Froment という女性名のペンネームで書いた小説。軍医と、幼なじみの既婚の看護婦との愛情物語。サンテックスとの関係を心象的に綴った私小説で、日本語では「あの人は帰らない」と訳されています(題名だけです。本文の日本語訳はありません)。
【この本、1941年10月7日発行ですが、“sixième édition”とあります。発表したその年のうちにもう6版も売れたのかと仰天してしまいますが、こんな駄作が売れるわけはありませんし、ベストセラーになったという記録もありません。 ガリマール社がいう“édition”は同社特有の極めて特殊な用法で、本書が6回版を改めたということではありません。「第6刷」と解釈すべきものです。それにしても、本当にそんなに売れたのでしょうか。】

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