書 誌

サンテックス:伝記

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 サン=テグジュペリ 伝説の愛,著者;アラン・ヴィルコンドレ,鳥取 絹子 訳,岩波書店,B5変形判(26 cm), p.183,¥2,800. -(+税),2006年6月27日,ISBN 4000230166
 Antoine et Consuelo de Saint Exupéry un amour de légende,著者;Alain Vircondoret(資料所有者:José Martinez Fructuoso),Les Arènes,B5変形判, p.183,EUR 29.80. -,2005年4月,ISBN 2-912485-85-1

 やっと出版されました(といっても、アナウンス通りなのですが)。写真集といった方がよい内容なので、翻訳にはそんなに手こずらなかったはず。もっと早く出版して欲しかった本です。コンスエロの遺品から選び抜かれた画像の数々を、日本の皆さんに見ていただける日がやっと到来したのです。
 何よりもすばらしいのは、心配が杞憂に終わったことです。コストダウンのために、写真の画質が貧弱になることが多かったのですが、厚手マットコート紙を惜しげなく使って、原書を余すところなく再現しています(原書よりコントラストが高く、解像力が上がって見えます)。それでいてこの価格に抑えたのですから、岩波書店には拍手を送りたい気持ちです。(原書では小口の袖を折り込んだガンダレと呼ばれる表紙であるものを、日本語版はそれをジャケットに変え、本体と同時裁断した紙表紙をくるむ方式にしている等、目立たないところでコストダウンの努力が払われています。)
 サンテックスファンならば必携の書。絶対お勧めです。2機とも墜落させて、プレヴォー共々生死の境をさまようことになったシムーン(F-ANRY と F-ANXK)は、どちらもネリー・ド・ヴォギュエ(B夫人)が買い与えたものだと知ったら、皆さんの中のサンテックス像も少しは現実の姿に近づくのではないでしょうか。内容がコンスエロ絡みになっているのは当然のことです。でも、そればかりではありません。たとえば、特許申請草稿の画像を初めて見る人は、サンテックスが夢見心地の「子供時代の人」ではなかったことに気付くでしょう。
 多くのサンテックス伝記作家と同じように、ヴィルコンドレ氏の筆はサンテックス贔屓の傾向が強いのです。ニューヨークでのジャック・マルタンとの論争の描写では随分サンテックスの肩を持ちますが、私は賛成しません。かなり強いバイアスがかかっていることを指摘する必要があろうかと思います(いずれ拙稿をアップロードするつもりです)。
 「喪に服していたために、喪服を着て結婚式に臨んだ」という記述には、ヴィルコンドレ氏の真意を測りかねます。喪中であれば、他人の結婚式にも出席を控えます。まして、前夫の喪中に次の男と結婚するなどということはあってはならないことです。これでは、コンスエロが常軌を逸した狂人であると主張していることになります。私は彼女が喪に服していたとは思いません(前夫エンリケ・ゴメス・カリージョの急逝は1927年)。
 「サン=テグジュペリ伯爵の名宛ての領収書」(p.62)は、大きな間違いではありませんが不正確です。サンテグジュペリの名があるのは3枚のうちの1枚だけで、伯爵とは書いてありません。品目までは判読できませんが、ランドリーの内訳書とおぼしき1枚の名宛ては comtesse と読めます(きわどい話になりますが、B夫人も comtesse です)。男性用と女性用の品の請求。31年12月12日の日付ですから、サンテックスとコンスエロなのでしょうね。3枚とも領収済み印と領収者のサインがありませんから、請求書(未払い)と呼ぶべきではないでしょうか。(つまり、comtesse がB夫人である可能性はありません。彼女なら即座に支払いを済ませたでしょうし、コンスエロがそんなものを破り捨てずに取って置く訳がありませんから)。

 翻案に問題がないわけではありません。たとえば、「戦闘機の . . . 」(p.5)というくだりがありますが、彼が戦闘機に搭乗したことは一度もありません。翻訳は原文に忠実が原則です。誤った思い込みから原文にない脚色をすることには賛成できません。
 「初めて会った『とたんに』彼女を『妻』にし . . . 」は、事実に反し、訳文としても間違っています。【彼は入籍を逃れ続けました。フランスへ帰国して、入籍していないことを知った母親から厳命されて渋々結婚式(フランスでは、必ずその地区の長や代理人が立ち会い、式の後で婚姻証明書類にサインをして祝辞を述べます。つまり、挙式イコール入籍なのです)を挙げたのです。】
 「隊長に昇進」(p.130)は、「少佐に昇進」の誤訳です。【正規の士官ではないサンテックスには、指揮官資格がありません。フランス軍戦闘規定による、上官戦死時の指揮掌握順位で最上位になった場合以外は、彼が通常編成の部隊を指揮することはないはずです。】
 誤りとまでは申しませんが、「ゴメス・カリーリョ」が良いかどうかは議論の余地があります。(「パエリャ」か「パエジャ」かという問題と同じです。)



 サン=テグジュペリの生涯,著者;ステイシー・シフ,翻訳;檜垣 嗣子,新潮社,四六判,510p.,1997年,¥3,400.-,ISBN 4-10-535001-3

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日本語訳(左)と英語版の原書(右)

 一気に読み終えることは不可能なほどボリュームがあります。でも、そのボリューム以上の内容が詰め込まれています。サンテグジュペリの伝記はこれで決まり、なのです。日本語訳の文章も、過不足のないしっかリしたもので、読み疲れを感じさせません。
 ニューヨークにある大手出版社の編集主任であった著者は、長年温めていた企画を実現するためその職をなげうって、4年間にわたるインタビューや文献調査の資料収集を開始します。1990年のことでした。そして、本格的なルポライターの底力を思い知らされる伝記が完成しました。サンテックスを取り巻く女性群像が今までになく生き生きと描かれているのは、著者が女性であるが故になし得た取材結果の賜物かも知れません。ただひとつ残念なのは、コンスエロが既にこの世の人でなく、インタビューがなされていないことです。
 今まで知られていなかった(あるいは、意識的に目を瞑られてきた)事実や新鮮な視点が一杯出てきます。
 たとえば、小惑星“B-612”という番号は、「南方郵便機」の主人公ベルニスの愛機の機体番号(ただし、初めは A-612 だった)と同じである、という指摘。
 たとえば、彼を取り巻く“恋人たち”の一人であるシルビア・ハミルトンがサンテックスに言った言葉:「あなたがもうすぐ来ると思うと、心が弾み出すの」(判りますよね?何処に出てくる言葉かは)。
 たとえば、1942年夏から秋へかけての星の王子さまの執筆期間の前半はシルビア・ハミルトンの居間で過ごされた。(サンテックスがアメリカを去るとき、星の王子さま手稿第一稿を彼女に差し出しています。前記の事情があってみれば、当然のことでしょう。ついでに、“ヒツジ”のモデルは彼女が飼っていたプードル犬のモカ、どう見てもトラには見えないあの“トラ”のモデルは、彼女が彼にプレゼントしたハンニバルという名のボクサー犬だったそうです。)
 そしてたとえば.....。
どうです、読んでみる気になりましたか? 内容もページ数も、たっぷり読みごたえがあります。覚悟を決めてかかってください。

新潮社の広告:立ち読み ステイシー・シフ「サン=テグジュペリの生涯」


 星の王子さまを探して,著者;Paul Webster,翻訳;長島 良三,角川書店 角川文庫 10110,352p.,1996年,¥640.-,ISBN 4-04-269901-4

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Paul Webster ; Antoine de Saint-Exupéry
日本語訳(中)と英語版の初版原書(左:ペーパーバック版,右:ハードカバー版)。原書の表題の意味は、「アントワーヌ・ド・サン・テグジュペリ,プチ・プランスの生と死」。

 ステイシー・シフの「サン=テグジュペリの生涯」と並んで、サン・テグジュペリ伝記の双璧と言ってよいでしょう。ステイシー・シフが人間関係の内面にまで入り込んでそれぞれの人物を描き出したのとは対照的に、ウエブスターは冷徹な第三者の目で客観的な記述に終始しています。
 時代を追って、出来事を克明に、しかし、淡々と描写して行きます。たとえば、1930年ブエノスアイレスで「また、ギヨメ夫妻は、めまぐるしく変わるサン=テグジュペリのガールフレンドにもつきあわされる羽目になった。......... サン=テグジュペリはそういう評判を利用して、つぎつぎと《かわいこちゃん》をものにしていた。」とさらりと書き流しています。 アルゼンチンは厳格なカトリックが生き続けている国です。現在でも上流階級の女性は、夫が死去すれば1年間の喪に服し、終日黒い喪服に身を包んで、観劇やパーティーに出かけることも差し控えるのだそうです。そうした国の1930年前後に、若い女性を次々と部屋へ連れ込む男がどのような評価を受けることになるかについては、この著者は指摘しません。 紙背に徹する眼光をもって行間を読むのは、読者の責任なのです。文庫本という装丁の手軽さとは裏腹に、この伝記はとても読み疲れがします。気を抜くと読み過ごしてしまうことが一杯詰め込まれているのです。
 ステイシー・シフが「B夫人」と匿名にした女性が、この伝記では、伯爵である夫ともどもフルネームで登場します*。 この女性は、サンテグジュペリの半生に極めて重要な役割を果たします。母親と、コンスエロと、そしてこのB夫人と、3人の女性を語らずしてサンテックスの一生は描き得ません。飢え死にしかねない経済的な窮状を救い、人格破綻者と言ってよいサンテックスの身勝手な行動を受け入れて執筆活動を助け、そしておそらく、サンテックスの規則違反で非常識な航空戦線復帰に闇の世界で手を貸した、陰の聖母とよぶべき存在です**。 しかし、この伝記では、そうしたことにはまったく触れません。あくまでも、サンテックスが話の中心なのです。

*  それによれば、本当は「V夫人」なのです。ステイシー・シフが2重に匿名化を図った理由は、ふたつの伝記を読み較べてみればはっきりします。ウエブスターは実に淡々と事実を述べるにとどまっていますから、匿名にする必要がありません。それとは逆にステイシー・シフは、男と女としての二人の関係をも克明に追っています。プライベートな事柄までの記載を承知するにあたって、実名を明かさないことを条件にしたのは当然のことでしょう。むしろ、彼女が徹底して表に出ることを避け続けてきたことを考えれば、匿名であっても二人の関係をあからさまに記述することを許可したことの方が、驚きです。歳をとり、死後のことを考えることが多くなった結果の心境の変化なのでしょうか。

**  文学的な素養だけでなく、財力と政治力を合せ持った人だったようです。国際的なスパイの嫌疑を掛けられ、秘密警察に監視されたこともあります。アメリカでは、サンテックスをヨーロッパ戦線に現役復帰させるため、大統領側近や軍部高官を相手に暗躍した可能性を否定しきれません。


 Mémoires de la Rose /「バラの回想 ― 夫 サン=テグジュペリとの14年 ―」,著者;コンスエロ・ド・サン=テグジュペリ,翻訳;香川 由利子,文藝春秋社,2000年11月,¥1,905.-

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Mémoires de la Rose
フランス語の原書 Mémoires de la Rose (ISBN 2-259-19282-3)(左)と日本語訳 バラの回想(ISBN 4-16-356740-2)(右)。

 著者はサンテックスの妻、コンスエロ。彼女しか知らないさまざまなことがあるであろうにも拘わらず、サンテックスに関する逸話は、断片的にしか明らかにされていませんでした。コンスエロは、サンテックスの遺族からは疎まれ、その性格から、多くの人に誤解されて、伝記作家からも正当な評価を受けないまま無視または軽視され続けてきました。コンスエロがサンテックスについての実話を書き留めた原稿を所持していることは知られていましたが、それを公表しないまま彼女は他界してしまいました。
 その、おそらくは未完成の原稿が、整理し直した上で上梓されました。コンスエロはスペイン語を母国語としていますが、この原稿はフランス語で書かれています。すなわち、翻訳者の介入による誤訳や曲解がない、ストレートな内容になります。贋作論争が起きていますが、神格化されたサンテックスの虚像が暴かれることを快く思わない人々がする妨害工作に過ぎない、と私は思います。

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 やっと読み始めたばかりです。原書を読まないでいるうちに翻訳書が出てしまいましたから、まるで対訳本のように、フランス語と日本語を読み較べながら進んでいるところです。この書評も同時進行で、書き足して行きます。訂正も頻繁に入るかも知れません。
 全部で28章に分かたれています。「星の王子さま」は27章でした。文章の量も「王子さま」の倍以上あります。身勝手な王子さまであるサンテックスが登場するのは第2章。唐突な形でコンスエロの前に出現します。そして、不躾な要求を一方的に押しつけて、傍らから離れないのです。読み進んでみなければ結論づけはできませんが、この「回想録」、「星の王子さま」を意識した構成になっているのかも知れません。
 最初の1章を読んだだけで、コンスエロの文才が並々ならぬ物であることが分かります。
<未完>

 日本語訳の章名の付け方には不満があります。別物になってしまっているものが多いのです。とりわけ、第15章の名前は戴けません。原書の章名*は“C'est moi, Saint-Exupery, je suis vivant”「僕だよ、サンテグジュペリだ、生きてる。」というものです。言うまでもなく、リビア砂漠での遭難から救出されて、フランスの家族にかけた電話の第一声です。簡にして要。状況を考えれば、これほど感動的な言葉は他にないでしょう。その章名が、「涙の再会」になっています。これでは原書の持ち味が殺されてしまいます。題名は名詞に限るという古色蒼然たる考え方*は、捨てていただかなくてはなりません。さもないと、「すわりが悪い」という理由で『星の』の一語が付け加えられた、あの痛恨の曲訳がまた繰り返されることになってしまいます。著作権法の手厚い保護を受けるために、他の日本語訳は出版できなくなるという事実を、もっと重く受け止めていただく必要があるのではないでしょうか。

*  コンスエロの手稿には、すべての章に章名があるわけではありません。見出し表題があったのは、全28章のうち11章だけであろうと思われます。その他の章名は、原書の編集者が本文中からそれにふさわしい語句を選び出してつけたものです。
*  随分前のことになりますが、「私をスキーに連れてって」という映画が評判になりました。内容ではなく、その題名が話題を呼んだのです。従来だったら「ゲレンデに結ぶ恋」とか、「白銀の恋人たち」といったものになったでしょうが、この映画では名詞や体言止めの句ではなく、話し言葉そのものの題名が採用されました。それ以前の邦画にはない、「バタ臭い」題名と話題になったわけです。これが「洋画」の題名だったら別段珍しくもありませんでした。たとえば、「ロシアより愛を込めて」と言うように。(もっともこの原題は、前置詞と名詞だけで構成される、日本語の体言止めに近い雰囲気を持ったものなのですが。)

 コスト削減のためでしょうか、写真の画質が落してあるのは残念です。微妙な陰影が表現されず、たとえば、犬の感じは原書と違ったものになっています。もっと残念なのは、サンテックスとコンスエロの結婚式の招待状の写真が、忠実に再録されていないことです。キューピッド(?)と牧神を左右に配して中央に、コケティッシュな若い女性が脚を垂らす格好で腰掛けてシャンパンを飲もうとしている図柄です。ちょっぴりセクシーで、とても素敵なデッサン。左下に「サンテグジュペリ伯爵」と手書き文字が入っています。写真はここで切られています。この本だけを見る読者には、この右下に別の文字があることは分かりません。

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 このカードの写真は別の書物でも見たことがあるのですが、全く同じトリミングがなされていました。そのため私は、この絵はサンテックスまたはコンスエロが描いたものではないかと思っていたのです。サンテックスの画風とは少し異なりますから、多分コンスエロの筆になるものと想像していたのですが、実は大間違いでした。本書のフランス語原書掲載の写真を見ると、カードの右下に「ヴーヴ・クリコ」と有名なシャンパン会社の名前が印刷されているではありませんか(写真赤い楕円内)。つまり、このカードはシャンパン会社のADカードを利用した招待状だったわけです。社名部分の切り捨ては、この写真の資料価値に重大な影響を及ぼします。勝手なトリミングは止めにして、原書に忠実に再現することを心掛けていただきたいものです。
【Grasse で行われたコンスエロ遺品展示会会場でこの招待状のひとつを見ることが出来ました。絵は彩色されています。しかも、このパンフレットは二つ折りで、左側に手書きの付け加えの絵(展示会にあったものは、サンテックスらしき人物の描きかけの横顔線画)がありました。コンスエロの遺産相続者であるマルチネス氏の話では、上に掲げた絵もサンテックスが描いたのだそうです(私は違うと思います。ガラス越しではっきりはしませんでしたが、印刷された絵だと判断しました。残念ながら、撮影は許されませんでした)。(2005.10.13)】


 Mémoires de la Rose /「夫 サン=テグジュペリ 秘密の私生活」,著者;コンスエロ・ド・サン=テグジュペリ,Plon 社,275p.,2000年4月,FF 118.-(国内売価 ¥2,796.-),ISBN 2-259-19282-3,(翻訳;北代 美和子,文藝春秋 2000年10月号,p.354-371)

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原書(左)と文藝春秋10月号の該当ページ(右)

 コンスエロの手記の部分訳が、文藝春秋10月号に掲載されました。「秘密の私生活」だの「明るみに出た新事実」だのと、些か大仰ですから、どのようなものかの概略だけを説明します。
 原題を訳せば「薔薇の覚え書き」ということになりますが、「メモワール」には「想い出」「追憶」という意味もあります。新宿タイムズスクエアの紀伊国屋で見つけて買い込み、忙しくて読むことができないでいるうちに、上記の部分訳が出ました。まだ読んでいないので、内容の詳しい説明はできません。原書は275ページに加えて、手書き原稿の第1ページ目と、1944年6月29日(つまりサンテックスの誕生日)にコンスエロが書いた、“Tonio, mon amour”で始まる肉筆手紙が、付録として写真製版で付けられています。
 原書の帯に「再発見されたサンテグジュペリ夫人の手稿」とあるとおり、その存在は既に知られていたもので、内容も、文藝春秋がいうような「新事実」ではありません。

 ふたりの出合いは、コンスエロ流に脚色されたもので、どこまでが事実なのか怪しいことも判っています。サンテックスが一方的、かつ、強引に迫ったことは多分本当だろうとされています。出会ったその夜、飛行機酔いのコンスエロを強引に部屋へ連れ帰り、ベッドに引っ張り込んだというのも、(普段のサンテックスの行状から推して)多分事実なのでしょう。
 サンテックスの文壇仲間のパーティーで、男性客「達」がコンスエロのイブニングドレスの胸元から手を挿し入れて乳房に触ったというくだりには、驚く人も多いでしょう。貴族のサロンや文士・芸術家たちの集まりでは、珍しいことではないようです。上流階級の人々は自分がルールブックだと思っていますから、放埒な振舞いが絶えません。一方、文士・芸術家たちには、一般的な常識・ルールの外の世界で生きている人が多いのです。サンテックス自身も、同じような振舞いを他の御婦人に対して行なっていたのだろうと考えてよいのではないでしょうか。「トニオはいつも、夜中の12時ごろに、ものわかりのいいご主人をもつ、とても美しい御婦人を何人か連れ帰り、みんなで......」と、非難がましい口調でコンスエロが書いています。もちろん、「ものわかりがいい」とは、妻の浮気に寛容だということです。(サンテックス自身は、「ものわかり」がよくはありませんでした。この手記には出てきませんが、コンスエロが夜遅くまで家を空けていることを、口うるさく非難し続けたことが判っていますから。)
 サンテックスとの仲が気まずくなって行く推移も、B夫人(文中では“E”)の存在も絡めて、断片的なエピソードが語られます。

 原書を読める人は多くはないでしょうが、文藝春秋の部分訳だけでも読んでみる価値はあります。


 「星の王子さま」の誕生,著者;Nathalie des Valliéres,翻訳;南條 郁子,監修;山崎 庸一郎,創元社 知の再発見双書 89,158p.,2000年,¥1,400.-,ISBN 4-422-21149-8

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Nathalie des Valliéres ; Saint-Exupéry L'archange et l'écrivain
フランス語の原書(左)と日本語訳(右)。原書の表題の意味は、「サン・テグジュペリ,大天使と作家」。1998年に Gallimard 社から出版されました。

 著者はサンテックスが一番可愛がった妹ガブリエルの孫娘です。そのせいか、小冊子には考えられないほど写真や挿絵が豊富に詰め込まれています。内容も、サンテックスの体裁を繕うための隠し事をするようなこともなく、B夫人(文中ではX夫人。名前は伏せて、それとなく写真が掲載されています)やシルビア・ハミルトンが登場したりします。
 文章が従と言ってよいほど写真・挿絵が豊富ですから、楽しみながらあっと言う間に読み通せてしまいます。まったく肩の凝らない読み物。その代わり、内容はエピソード集に近いこま切れで、予備知識なしで読んだのでは脈絡のない混乱に陥ることでしょう。先に何か彼の簡単な伝記を読んでおくと、内容がぐっと濃くなります。
 日本語訳は良くできていますが、多色刷の写真の1色が逆転して印刷されたものがあります(P.52。原書にはこの印刷ミスはありません)。また、95ページ右上の“英語版”「星の王子さま」は“フランス語版”の誤り。2冊ともレイナル・ヒチコック社の Le Petit Prince ですが、多分、英語版とフランス語版の初版を並べるつもりだったのが(原書が)誤ってフランス語版を2冊並べてしまったのだろうと思われます。
 原書にはないものとして、「星の王子さまミュージアム」散歩と称する8ページほどの箱根ミュージアムの紹介やサンテグジュペリ略年表およびサンテグジュペリ関連地図が追加されています。上記のように全体の構成が些か雑駁ですから、後2者はありがたいものですが、ミュージアムの紹介は蛇足に過ぎる感があります。広告料を取って、少しでも本の価格が下げられているのならば話は別ですが....。


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「星の王子さまの作者サン=テグジュペリ 」,著者;横山 三四郎,講談社 火の鳥伝記文庫 106,190p.,1998年,¥590.-,ISBN 4-06-149907-6

 「一気に読めない分量のものは読む気がしない」と言うあなたにお勧めします。サンテグジュペリの波乱万丈の一生を、文庫版のコミック本を読む感覚で、一気に読み通すことができます。説明的な写真や挿絵も不必要といって良いほどたくさんあります。ダイジェスト版ですから、これでサンテグジュペリを判ったつもりになられては困りますが、でも、この分量で、これだけ必要充分な内容を持つ本を私は他に知りません。粗筋としては充分すぎるほどです。子供向けですから、サンテグジュペリがちょっぴり美化されていることは否めません。「スケコマシのアントワーヌ」像はこの本からは想像もできないでしょう。子供向けのきれいごと伝記と判った上で読んでください。

 


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「大空をかけ抜けた『星の王子さま』の作家サン=テグジュペリ 」,監修;鈴木 一郎,漫画;平松 おさむ,シナリオ;黒沢 哲哉,小学館 学習まんが人物館,160p.,菊判,1997年,¥850.- + 税,ISBN 4-09-270012-1

 大判の頑丈な製本。シリーズ名からも判るように、子ども向けの伝記漫画です。漫画にふさわしい年齢層の日本の子どもに、サンテックスの伝記を読ませる必要があるとは考えられませんが、漫画としてはしっかりとした考証と構成であるといって良いでしょう。とはいえ所詮子供向け、きれい事(たとえば、B夫人は登場しません)ばかりですし、省略や無理な要約・作り事(リビア砂漠でフェネックを見たり)が続出します。紙数が少ないので、やむを得ないでしょう。存在する必要性は認められませんが、害になるわけでもありません。

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