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児童文学論


 フランスの子どもの本 「眠りの森の美女」から「星の王子さま」へ」,著者;私市 保彦(きさいち やすひこ),白水社,四六判,287p.,2001年2月28日,¥2,500.-+税,ISBN 4-560-04710-3

 すばらしい、というよりは、凄い本です。フランス児童文学を総覧するガイドブックとして、これほどの本は今までの日本にありませんでした。発売後すぐに手に入れて読み始めてはいたのですが、読み進むのは大変でした。5巻ほどの全集を読み終えたような充実感と読み疲れ。このホームページで紹介するには必ず読み返した上でという原則をまもっていますので、こんなにも時間が掛かってしまいました。
 著者は武蔵野大学教授。この本を「読み物」と位置づけています。確かにやさしく書かれており読み易いのですが、これから児童文学を研究しようとする学生の必読入門書としての位置が確定したと言ってよい充実した内容です。『「眠りの森の美女」から「星の王子さま」へ』と副題がうってありますが、著者がつけたものとは思われません。販売部数を上げたいがために編集者が考えたキャッチコピーでしょう。該博な内容にそぐわない浅薄な謳い文句と言わざるをえません。それほど、広く深い内容が待っています。
 著者は「あとがき」でこう述べます。「本著を執筆した第一の理由は、.......... 日本で十分に知られているとは思えないフランスの児童文学の歴史と現状を伝えねばという思いからである。」 まさにその通りの内容になっています。巻末の年表は16ページに及びます。書名索引には実に676もの書名が列挙されます。そのうち多くのものが、作家の生い立ちや文学的背景・その時代において果たした役割等の説明に続いて、作品内容の要約が述べられるのです。日本で初めてのフランス児童文学レヴューが、こんなにも読み易い形で世に現れました。「読み物」は謙遜が過ぎましょう。研究論文に匹敵する質の高いガイドブックです。

 全体はまず大きく四部に分けられます。第一部 揺籃期,第二部 隆盛の時代,第三部 成熟の時代,第四部 青春小説の系譜、です。青春小説を児童文学の延長線上に見る、というよりは、「子どものための文学というものはない」というのが、ミッシェル・トゥルニエやル・クレジオの言葉を借りて語られる著者の主張であり、本書の大きな特色でもあります。
 それぞれは更に中項目に分かたれ、その中で代表的な作家が列挙されて先に述べたような解説が展開されます。実に本格的な議論なのです。たとえば第一部のトップは、1. 児童文学のあけぼのと「妖精の世紀」 と銘打って、ケルト−ローマ−フランクと時代の展開を追いながらシャルルマーニュ大帝の時代(800年)に至り、中世はキリスト教文化の時代であることを指摘して、理想の女性への献身的な愛*を中心とする騎士物語の重要性を説き、吟遊詩人によって広められたこの物語が、聖者伝と武勲詩で教会にも迎え入れられたことを述べます。

* ミンネ(またはミンネ奉仕)といいます。若い騎士が命懸けで女性に捧げる無償の愛のことです。ときは十字軍の時代。貞操帯という奇怪な風習が横行する中で、夫が出征し孤閨を守る御婦人たちが吟遊詩人の顧客でした。満たされぬ夫人たちの性的願望を、キリスト教的な偽善で包んだプラトニックな筋立てが、騎士物語のお約束だったのです。日本人にはあまり知られていない言葉ですし、極めて重要な概念なので、これに関してはもう少し掘り下げた解説が欲しかったと思います。
 拙稿でも議論する予定ですが、王子がバラに寄せる思いには、このミンネの影がちらつくのです。

 やがて子どもの世界の自立が始まり、17世紀にグーテンベルクの印刷術が発明された頃、文化の世界はバロック期に突入、そして古典主義へと移り行くさまが描かれます。「フランスの王朝文化に、妖精物語の花が突如として開花し、熱病のように蔓延していった」と著者は説きます。ルイ14世末期に、綺羅星のごとく続々と輩出した女性作家群;オーノワ夫人,ラ・フォルス嬢,ミュラ夫人,ベルナール嬢,レリティエ嬢と、解説が続き、 2. 「ペロー童話」の登場 へと引き継がれます。
 「眠りの森の美女」の登場です。原型の物語では「既婚の王様が眠り姫を見つけて、相手が眠っているあいだに王女を懐妊させてしまうというきわどいくだりがあるが、.....」と、それがどのように改竄されたかを曝露したうえで、童話に表れる残虐さが至極一般的なものであり、「フランス人特有のユーモアと笑いを知らないとペローを理解できない......」と断ずるのです。

 次いで、3. 古典主義の二大傑作 と題して、ラ・フォンテーヌの『寓話集』,フェヌロンの『テレマックの冒険』が登場します。(後者は日本人にはなじみが薄いことでしょう。) 目も覚めるような解説はとだえることなく続きます。言うまでもなく、ここで紹介することは到底できません。

 さて、われらが『星の王子さま』は、第三部 成熟の時代 の 3. 童心信仰の系譜 に登場します。
 「......砂漠の不時着がじつは語り手の人生と心の挫折の象徴でもあることがわかってくる。その挫折と危機から語り手を救ってくれるのが王子さまなのである。......」 続いて、サンテックスの略歴を述べた後、「...... しかし、『星の王子さま』の本質はそうした現実との対応にあるのではない。そこに見られるイメージはさまざまな解釈を可能とする深い象徴を帯びている。 ....... じつにわかりやすい筋書きに自分自身が描いた印象的で簡素なタッチによる挿絵をつけながら、サン=テグジュペリは童心と魂の問題を象徴にまでたかめた物語をのこしたのである。」と結びます。

 この著者は本書を著すに際して、新たに多くの「童話」を読み加えたものと思われます。莫大と言ってよい作品を網羅しているのですから当然でしょう。読み違えも起こります。 
 「.....ヒツジの絵を描いたあと、子どものころ描いたゾウを呑みこんだウワバミの絵を描く。....」,「.... 私を襲おうとした毒蛇に自分を咬ませ、自分を犠牲にして『私』の命を救いながら砂漠から消えて行く。」といった誤りは、見過ごすには少々大きすぎます。殊に後者は根本的な解釈が変りかねません。この種の誤りは他の箇所にもあるのだろうと思われます。
 誤りがあるのは残念ですが、本書は各作品の要約集ではありません。この瑕疵を補って余りある内容は、金字塔と言ってよい力作です。執筆の話が持ち上がってから10年近くを要したと筆者は述べています。望むらくは更に10年後に、上記のような不備を一掃した改訂版を出して戴きたいと思います。

 僭越ながら敬意と賞賛の拍手を著者に捧げます。 絶賛お勧め。ただし、行間をも読むことができるハイレベルの読者向き。


 フランス児童文学への招待,著者;末松氷海子,西村書店,四六判,279p.,1997年,¥2,800.-+税,ISBN 4-89013-558-8

 絵本・美術書で定評のある西村書店の出版物。
 「フランスの児童文学というと、まず思い浮かべるのはどんな本だろう? 毎年四月、最初の授業のときに、私は教室で問いかけてみる。するとたいてい、学生の半分近くが『星の王子さま』と答える。そもそも『星の王子さま』は大人のための童話であり、作中にこめられた深遠な哲学や寓意は子どもにはなかなかむずかしいと思うが、日本では児童文学として定着し、刊行直後から現在まですぐれた作品として高く評価されている。.......」
 “はじめに”で作者はこのように述べています。「シンデレラ」や「赤ずきんちゃん」で有名なぺロー(17世紀末)から現代までのフランス児童文学を10章に分かち、そのうち第6章を“『星の王子さま』の悲しみ”と銘打って、第二次世界大戦中の児童文学に当てています。章としては一番短く、15ページが費やされるのみです。大半はサンテグジュペリの作品にあてられ、「...この本の書かれた時代状況を思えば、これが一個人の内面の絶望や不信からの救済、人間性の回復をうたうだけでなく、広く人類全体への愛と平和をめざした物語であることがわかるだろう。....」「『星の王子さま』については、各国で多くの研究がなされ、さまざまな読み取りや考え方が発表されているが、それだけこの作品が奥深いものであることを感じさせる。」と論じています。『星の王子さま』に関する限り、言い古されたことばかりで、この著者独自の目新しい見解があるわけではありませんが、フランス児童文学全体を落ち着いた眼差しと抑制の利いた表現で解説するこの作品中での評価だけに、説得力があります。ベタベタの賛歌を捧げることしかしない日本の『星の王子さま』信奉者にぜひ通読してほしい一冊です。


 「児童文学の【現在】セレクト57 ほんとうはこんな本が読みたかった!,監修,神宮 輝夫,著者;上原里香/横田順子/鈴木宏枝/神戸万知,原書房,四六判,240p.,2000年2月25日,¥1,800.-+税,ISBN 4-562-03276-6

 監修者・著者、共に白百合女子大の関係者です。1作4ページの割り当てでいわゆる「子供の本」57作を選んで解説をします。
 「星の王子さま」は上原里香さんが担当。とりわけユニークな解説をしているわけではありません。「星の王子さま」だけでなく、大人にとっても楽しめる、精選された「童話」を読んでみたいと思ったら、この本と相談してみるのも良いのではないでしょうか。


 子供に読ませたい100册の本,著者;丸山聖子,レイアウト;谷口千秋,監修;西本鶏介,PHP研究所,四六判,220p.,1991年,¥1,100.-,ISBN 4-569-53006-0

 1冊について見開き2ページを当て、題名・著者名・発行所・発行年・定価,表紙の写真・一箇所を開いた写真,そして、約1ページ分の本文で要約と評価。とてもよくできた本です。

 この本に『星の王子さま』はでてきません。「幼児〜小学校低学年向き」だからです。それなのになぜここで紹介するのかというと、「『星の王子さま』は童話ではない」ことを理解してもらうためには、良い比較資料だからです。『星の王子さま』は易しい言葉で書かれています。(Le Petit Prince もそうなのですが、とりわけ内藤濯さんが訳した『星の王子さま』は子供でも充分聞き分けられる話し言葉が選ばれています)。試しに小学校低学年の子供達に読み聞かせてやって下さい。絵を見せながら読み聞かせればとてもよろこびます。読み聞かせるには長過ぎるのですが、「星めぐり」の部分を割愛するか、その部分を別の物語(続編)として分けて扱うのがよいと思います。子供は喜んで聴いてくれます。判らないところが出てくれば、「それどういうこと?」と質問しながら....。
 こんなやさしい言葉で書かれているのに、日本では『星の王子さま』は「小学校高学年以上」向きとされています。世界で一番大きなインターネット書店である Amazon.com も「9〜12歳向き」としています。言葉はやさしくとも、内容が幼児向きではないからです。しかし、『星の王子さま』は、9〜12歳では「絶対に理解できる筈のない」内容であることは、皆さん御存じのとおりです。そもそも、『星の王子さま』の基本的な筋立ては、“同棲中の女性といざこざをおこして、家を捨て放浪の旅に出ては見たものの、結局よりを戻したくなって、しかし、もう帰れないジレンマから惨めにも旅先で自殺して果てる”というものなのですから、母親が子供に読ませたいと思う類の「童話」であろう筈はないのです。それに「フランスの子供達に宛てた」政治的なメッセージと、著者の女性関係に絡む個人的な告白とが入り混じった作品なのですから、「子供」と呼ばれる年齢層に適したものではあり得ません。「本当の」子供向きの絵本に目を通し、「子供の純粋な心」と冷静な大人の頭脳を合わせもって『星の王子さま』を読めば、手放しのファンレターを捧げる人はずっと少なくなるのではないでしょうか。そのための第一歩、本当の童話というものをもう一度見直してみるためには、本書はとても良いガイドブックであると思います。


 絵本だいすき!子供と、かつて子どもであった人へ,著者;落合恵子,PHP研究所,A5判,192p.,2001年6月6日,¥1,300.-,ISBN 4-569-61494-9

 この本にも「星の王子さま」は出てきません。「星の王子さま」は「絵本」ではありませんから、当然のことでしょう。でも「星の王子さま」を「絵本」扱いする人もいます。それくらい挿絵が重要な役割を果たしているからです。

 本によって、2ページから1/2ページまでを割り当てて、167作品を紹介します。決して子ども向きの解説ではありません。「地雷ではなく花を下さい」があることからもそれは判っていただけると思います。(これは、(童話仕立てではあっても)決して子供向けの本ではありません)。
 「100万回生きた猫」では、著者はこう述べます。

 いろいろな読み方ができる本だけど(絵本って、そうだ)、なんかじーんとする本だ。決して、多くのひとが賞賛するような意味において、優しい本だとは、わたしは思わないけど。
 ある意味で意地悪な本であり、それがこの本の持っている深い魅力であり、.........

 全編を通じて、著者の哲学が貫かれています。「絵本」の原点に返って読み直してみる、そのためには良い抄録・案内集だと思います。

【筆者は絵本専門店「クレヨンハウス」と婦人論専科店「ミズ・クレヨンハウス」を経営するかたわら、自ら筆を執っては随筆や評論をものし、特にフェミニズムを軸とした論旨で知られています。若いときは、深夜番組のパーソナリティ として人気がありました。】

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