|
このページは2008年02月13日にアップロードしたものです。同年03月15日になって、「Horst Rippert 告白」のニュースが飛び込んできました。以下の記述は、氏の証言を否定しているわけではありません。サンテックスを撃墜したのがリッペルト氏であるか否かの検証はこれからの課題です。 とはいうものの、このページで述べていることは、何一つ覆されてはいません。とりわけ、引き揚げられた残骸(事実上、左エンジンナセルと車輪部分だけ)にまつわる事実関係は、現在もそのまま通用するものです。「撃墜されたという(物的)根拠はない」状態は、現在も依然として続いています。 |
|
ハイヒェレ説を下敷きとして、「ノンフィクション」と称する、まったく愚にも付かない創作が売られています。それ自体は(程度を別にすれば)よくある話で、放っておけばよい事なのですが、困ったことに、この「創作」を元にしたと思われるブログやページが存在し、それを無批判にパクっていろいろ書き散らす人がいます。サン=テグジュペリ機の墜落海域は特定され、ハイヒェレ説は事実無根であることがはっきりしました。更に、少なくとも現時点で、彼がドイツ軍機に撃墜されたと考えるべき根拠はひとつもありません。 |
サンテックスの乗機残骸回収 | |
|
2003年10月にマルセイユ沖で引き上げられた F5B の製造番号から、サンテックスの乗機であることが確認されました。「銃撃を受けた痕跡はない」と報じられています。事故か自殺である可能性が極めて高くなったわけです。「2000年にマルセイユ沖で発見された」というのですから、Time 誌に報じられた機体のことと思われます。(これでハイヒェレ説は、ほぼ完全に潰え去りました。)「高速で垂直に墜落」し、「残骸は広い範囲に散乱」しているといいますから、機体の状態からでは、事故・自殺どちらとも判断できません。
出撃当時、コルス岬のレーダーが内陸部へ進入するのを確認しているので、その後にエンジントラブルで引き返したか、偵察任務を終わって帰投の最終段階で墜落したか、いずれかの可能性が一番高いと考えられます。 | |
【機体の左側しか見つからない理由は、依然として謎のままです。漁網に掛かって深みに捨てられてしまったか、まだ海底に埋もれているか、のいずれかであろうと思われます。(「破片が広い海域に散乱している」という記述に「空中分解」という言葉を思い起こした人もいるかも知れませんが、「空中分解」で機体の大部分がバラバラの破片になってしまうことはありません。)】
|
|
1998年9月に銀のブレスレットを引き揚げてから、2000年5月サンテックス乗機の残骸を発見し、ダゲー一族その他の妨害に遭いながら2003年9月最終的に引き揚げるまでの苦闘の様子は、星の王子さまの眠る海 に詳しく述べられています。 |
|
2004年4月7日、サンテックス機の残骸が確認されたことが、フランス文化省によって発表されました。発見地点はマルセイユ沖。2000年に発見されていたといいますから、この記事の最後の部分でお知らせしていた機体のことであろうと思われます。 これによって、以前紹介していた「ハイヒェレ説」は、全くの作り話であることが確定的になりました。 |
|
右翼から海中に突っ込むサンテックス機とそれを見守る“長鼻のドーラ”。 ハイヒェレ書簡から考えられる状況をもとに、画家が描いた想像図。 ICARE 96号 の編集者による巻頭言と共に掲載された、サンテックス最期の瞬間。一時期、これが真相と信じられた。 |
|
画面左側、マルセイユ南方の淡青色楕円が、引き揚げた残骸から推定される墜落海域。 画面右側、サン・ラファエル沖の濃青色の円が、ハイヒェレ説による撃墜海没位置。 |
「ハイヒェレ説」については |
サンテックス乗機の残骸や遺品が地中海海底から見つかったという話は後を絶ちません。彼とコンスエロやレイナルヒチコック社の名前と所在地が彫られた銀のブレスレットが、漁網にかかったと騒がれたのは1998年のこと。「彼がそんな腕輪を持っているのは誰も見たことがない」と否定的に扱われています。(ブレスレットの状態や発見状況等、さまざまな観点から、「ほぼ偽物」と決着がついたようです。⇒ ダゲイ一族が仕組んだ嘘だったようです。2005年現在は、墜落時にサンテックスが持っていたであろうと見られています。)
【サンテックスの名前と血液型が刻まれた “金”のブレスレットなら、1943年の別れの際にシルビア・ハミルトンから贈られています。経緯は不明ですが、後にコンスエロの手に渡り、彼女の死後はその遺邸であるグラース(フランス)の記念館に保管されているそうです。】
|
「またか」という思いが拭えませんが、F5B の残骸なるものがマルセイユ沖で見つかったと報道されています。英字週刊誌 Time(アジア版,香港で編集。2000年)6月12日号にその海中写真が掲載されました。表題は少し皮肉っぽく、“A Deep Mystery” つまり、サンテックスにまつわる謎が深いというだけでなく、今回の発見自体がまだ本物かどうか謎であることと、85メートルの深みから発見されたこととをかけた見出しになっています。 別の新聞で報道されているところによれば、今回発見された車輪部分は「J型」と呼ばれる改良型で、これを着けて地中海で行方不明になったのはサンテックスを含めて4機。そのうち3機は既に発見されているのだから、今回の P38 型機 は残るサンテックス機に間違いないと主張されているとか。文化庁による正式調査が予定されているそうです。 この種の報道に対しては眉に唾つけて聴く癖がついてしまった者は、ヒネクレモノということになるのでしょうか。因みに、ハイヒェレ説での撃墜地点サンラファエルとマルセイユは直線距離にして約100km、海流に流されるためには岬をぐるりと回って行かねばなりません。その岬には、2000m以上の深海に向けて急激な傾斜が迫っています。仮に浅瀬を辿って流されたとしても、まとまった形をとどめることは不可能でしょう。今回の発見物がサンテックス機であるならば、ハイヒェレ説は極めて苦しい立場になります。 【 ⇒ 本物でした。星の王子さまの眠る海に引き揚げまでの苦闘の様子が描かれています。また、フランス語ですが、Philippe Castellano 氏の Le F-5B Lightning de l'ile du Riou, . . . がとても参考になります。】
|
乗機の呼称について |
![]()